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1986年メキシコW杯「ポスターと文化遺跡」

 ワールドカップに出かけるたびに、記念品を求めるのが一つの楽しみだが、大会のポスターや切手は、それぞれの組織委員会の考え方やその国のカラーを見るうえでヒントになる。
 たとえば1982年スペイン大会の公式ポスターの作者は、なんと大画家、ファン・ミロ。独特の色彩に、自分の国のスポーツ・イベントへの思い入れが加わって、ポスターの傑作といえる。

 86年メキシコ大会のポスターは、画でなく写真であるところがまず変わっている。それも、アメリカの高名な商業、芸術写真家のアニー・レイボビッツの作。彼女がメキシコの有名な風景と、人間とボールをテーマにして撮影した1000枚のなかから組織委員会が選んだもの。レイボビッツは撮影のためメキシコの全土を回ったという。
 できあがったポスター13枚は1986年3展示されたが、この権威ある美術館で一つのスポーツ・イベントのポスターがルームを占めることそのものが、初めてのことでもあった。
 それぞれのテーマを簡単に説明すると、

(1)「テラモンの影」
 男性像(テラモンの柱と人とボール。トゥーラにある紀元700年の寺院の柱)。

(2)「ボールが顔」
 トルテカ文化の首都トゥーラでの撮影。羽根をつけたヘビの神へ捧げる(トゥーラはメキシコシティ西北96キロ)。

(3)「湖とボール」
 いまでも漁師が古くからのバタフライ帆で舟を走らせるバツクアロの湖で。

(4)「ボールに座る」
 バツクアロ湖のヤニツイオ島をバックにして。

(5)「ジャンプ・キャッチ」
 ボールをジャンプ・キャッチしている図。太平洋側の旅行地、マンザニリョ湾で。

(6)「太平洋に投げる」
 マンザニリョ湾で。

(7)「ボールと4本の足」
 ハリスコ州サイユラの干湖で(グアダラハラから72キロ)。

(8)「赤い湖へのヘディング」
 ミチオカン州のダム湖で。

(9)「山とボール」
 シェラゴルダ(ゴルダ山)=ケレタロ州で。

(10)「ジャングルとボール」
 ユカタン半島カンクンで撮影。

(11)「石段に座す」
 ユカタン半島、チチェン・イツアのククルカンのピラミッドで。

(12)「ピラミッドを翔ぶ」
 23メートルの高さのククルカンのピラミッドで。

(13)「チャックモールとボール」
 ユカタン半島、チチェン・イツアの人石

 メキシコの風景といえば、どこかに古代の遺跡が入ってくる。中央高原や、海ぞいの低地。それぞれに発達した中央アメリカの古い特異な文化。その遺跡と、現代の白黒のボールとを組み合わせてみようという作者の意図と組織委の狙いは、はたして芸術作品として成功したのかどうか。わたしには、すべてが好きなポスターとはいえないが、現代的なボールと古い風景が奇妙な心象を作る。

 こうした試みで見るとおり、ワールドカップ・サッカーを組織委は、単なるボールゲームの勝ち負けだけ―――とはとらえていない。
 大衆に支持され、民衆に根をおろしたスポーツの世界大会では、それぞれの文化を担ってチームを作るように、大会開催国はその国の文化とスポーツの結びつきを考えたり、見直したりする。
 82年のスペインでは、ヨーロッパの有名デザイナーに会場となった各都市のポスターの製作を依頼した。このやり方は、84年の欧州選手権のさいにもフランスの組織委が、都市ごとのポスターを作製したのと似ている。86年のメキシコはそれらとも違っているが、スポーツの大会を機会に、古代とボール、風景とボールのテーマから、○○市とサッカー、××市とボールといったものを表現してみようというところに、彼らのこの競技に対する幅の広さ、思い入れの深さがあると思う。


(サッカーダイジェスト1991年12月「蹴球その国・人・歩」)

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