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マルセイユでマルセイエのマルセイエーズを聞く



 フランス98ももう準決勝。この号が発売されるころには優勝チームも決まっているはずです。しかし、私の旅は始まったばかり。

 前号の空中でのサッカー問答に続くこの回は、マルセイユでのフランスの第1戦を見るところです。



フランス国歌の大合唱



“マルション マルション クアンケン アン ビュール ア ブルーブ シロン”少々間違っているかもしれないが、スタンドから湧き上がる歌声に合わせて、こちらも口ずさむ。歌いながら、マルセイユに来て、マルセイエ(マルセイユ人)が歌うラ・マルセイエーズ(フランス国歌)を聞いているのだ…と思うと心が浮き立ってくる。

 98年6月12日、午後8時50分、快晴、暮れるのが遅い南フランスの空は明るく、記者席からゴール後ろのスタンドの向こうに、この地方特有の白い岩山が突っ立っていた。

 10日にサンドゥニでブラジルがスコットランドを破るのを見た翌日、ツールーズへ飛んでオーストリアとカメルーンの試合を取材し、この日の朝、ツールーズから飛行機でマルセイユに移ったのだった。

 マルセイユは人口80万、地中海で早くから開かれた港町。紀元前からギリシャ人たちが集落をつくり、来年の1999年に市は、町の“誕生”2600年のお祝い行事をするという。私の生まれた神戸市は、ここと姉妹都市。かつて欧州へ船で渡っていたころ、神戸からの欧州航路のヨーロッパの第一歩はマルセイユだったのが縁となっている。

 そのマルセイユは、あのフランス大革命の際に、大変動を嫌う各国が反発し、軍隊を送ってパリに迫ったとき、市民の義勇軍が国を救うために起き上がった。中でマルセイユ人によって組織された市民部隊が、パリへの行進の際に歌ったのが「ラ・マルセイエーズ」、それが後に国歌となったのだった。



お目当てはジダン



 この日のフランス代表のラインアップは、GKがスキンヘッドが特徴のバルテズ、DFが、中央がブランとドゥサイイー、右がチュラン、左が小柄なリザラズ、MFデシャン、ジェルカエフ、プティ、ジダン、FWがアンリとギバルシュ。

 アンリは右へ開きギバルシュの左にはジョルカエフが展開、その傘型の後ろにジダンがプレーメークの役で入るのが、このチームのひとつの形のようだ。

 私の注目はジダン。96年の欧州選手権のときは、ジョルカエフの相手の意表を突くプレーが評価されたが、その後のジダンの伸びが大きく、エメ・ジャケ監督があえてカントナを代表に加えなかったことが、納得できるほどになった。

 キックオフからフランスがしばらく優勢だった。ジダンのFKやギバルシュやジョルカエフのシュートがあったが、ゴールは生まれない。

 いささかイライラし始めたスタンドが沸き立ったのは34分の左CKからの得点だった。負傷したギバルシュに代わって26分からCFの位置に入っていたデュガリーのヘディング。左CKのキッカー、ジダンの送ったボールに対してジャンプした3人の中で、デュガリーの頭がピタリと合った。



デュガリー活躍



 クリストフ・デュガリー(写真21)はマルセイユの選手で、96年欧州選手権では代表チームのストライカーでヘディングの得点も取っていた。しかし、今季はクラブでも得点は少なく、代表からもある時期に外れていたのをジダンが強く推し、復帰したという話もあった。

 彼はボールを受けたときに、フランスの選手の中では珍しくゆったりと見えるのが、あるいはジダンにとってやりやすいのかなとも思うが、そのジダンのCKをデュガリーが決めたのだからマルセイユ人(マルセイエ)には、うれしい大会の初ゴールだった。

 南アフリカは人種隔離政策のために国際試合に加われず、ワールドカップは初めての出場だが、アフリカでは最も古くサッカーが根づいたところ。クラブチームでもカイザー・チーフスなどアフリカ大陸で指折りの強豪チームを持つ。今度の代表にもイングランドのリーグで活躍する選手もいる。中盤で良い動きを見せるフォーチュンは、アトレチコ・マドリッド(スペイン)のプレーヤー。しかし、彼らの頑張りもフランスの勢いは止められない。

 後半に入って半ばを過ぎたところで2点目(77分)。運動量が多くスピードも十分のリザラズからのボールがデュガリーに渡り、ゴール正面で相手にからまれながら右へボールを流すとジョルカエフがシュートした。体勢が崩れて勢いは弱かったが、ゴールカバーに入ってきたイッサが処理をもたついてゴール。公式記録はオウン・ゴールとしたが、ジョルカエフの得点といえた。

 3点目は左CKをデュガリーが大きくファーポストのさらに外に蹴り、アンリが拾って中へ持ち込み小さく浮かせるシュートでGKをかわして決めた。

 試合の最中に選手を励ます「マルセイエーズ」が2度も歌われたが、激励する方もされる方も、3―0は満足のいく第1戦といえた。

 開催国のチームが1勝を挙げて、フランス98はいよいよ盛り上がることになった。

(サッカーマガジン 1998年7/29号より)

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