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“無敵艦隊”スペインの敗れる日

先制は会心のFKだったが



 草原を駆けるチータの速さとしなやかさ…ナイジェリアの10番オコチャや、20歳のイクペバたちは、そのドリブルやフェイントを見ているだけでも楽しい。全速力で走ったかと思うと、急に立ち止まる。止まって近くの仲間にパスすると見せかけて、またドリブル。しかも90度、方向が換わる…ブラジル代表の洗練された技巧とは別の野性味を残しながら、ヨーロッパのプロの世界でもまれてきたナイジェリア人のプレーは、この大会の注目のひとつ。

 そのナイジェリアと、評判の良いスペインの試合、グループリーグD組の第1戦が、目の前のテレビで展開されていた。

 6月13日、わたしは移動の予定を変更してマルセイユの知人宅にいて、まる一日メモの整理やテレビ観戦にあてた。

 キックオフからすぐスペインのラウル(RAUL)のシュートがあった。ロングボールを相手のDFがヘディングしたリバウンドを取って右足で蹴った。右ポストへ正確に行ったものの、強くなくてGKが取ったが、22歳の彼にいきなりシュートを打たせるところが、この若いストライカーに懸けるスペイン側の期待が見えた。

 ゴールを脅やかされたナイジェリアだが、やがて盛り返す。カヌを休ませているハンディはあっても、十分ゴール前でチャンスをつくる力を持っている。右と左から1本ずつシュートが飛び、スペインのGKスビサレッタが忙しくなる。

 ちょっと押され気味になったスペインが21分にFKのチャンスに1点を奪い取った。エリア外のヘディングの競り合いのとき、アルフォンソの肩をオパラクが両手でプッシュした反則のためだった。

 ゴール前22メートル、中央やや左寄りのこのFKは、スペインには会心と言えるものだろう。7人でつくるナイジェリアの壁の一番右端(キッカーから見て)のウエストの外に、アルフォンソが立つ。キッカーのイエロはそのアルフォンソめがけて蹴った。その瞬間、アルフォンソは反転して壁から離れる(彼のユニホームを握るウエストを振り切って)そのあとの空間を通ったボールは右ポストぎりぎりに飛び込んだ。

 イエロのみごとなキックだった。

 1−0。だが、ナイジェリアはひるみはしない。4分後に右CKから同点ゴールを生む。

 ラワル(LAWAL)の左足のキックは、ニアポスト側に上がり、187センチのイエロと189センチのキコ、2人の長身のスペイン人の間に落ち、180センチのアデポジュがみごとなヘディング・シュート。頭で強くたたかれたボールは鋭く飛んで、防ごうとしたフェレールの頭をかすめてネットに飛び込んだ。

 前半はセットプレーから1ゴールずつだったが、後半は意外な波乱となる。

 ナイジェリアのキックオフから、しばらくスペインの左サイドでもみあったあと、中央にボールが戻りイエロに渡ると、彼は2〜3歩ドリブルして、ゴール前、やや左へロングボールを送る。その落下点には相手DFよりも早くラウルが入り、5メートルのところから左足のボレーシュートを決めた。前半のキックオフ直後のボールと、よく似た形で、彼の得点ゾーンということになるのだろう。

 それにしても、走りこんでの左足サイドキックでのボレーシュート、ビューティフルというほかはない。



スビサレッタ、惜しいエラー



 スペインのリードは約25分続く。その間にラウルが2度シュートチャンスを持ったが、一本は右足でGK正面、もう一度は全力疾走のあと、イレギュラー・バウンドに左足をカラ振りしてしまった。

 雨が降り、止み、日が照り…と天気の変化が選手の疲れを増すころ、ナイジェリアがカウンターから同点ゴール。交代で入っていたイエキニが中央を持ちあがって左へ、ラワルがエリア外、ゴールライン近くから強いグラウンダーのクロスを入れると、GKスビサレッタはコースを読み違った。姿勢を崩して、右手で止めようとしたボールは、ゴールに転り込んだ。

 大ベテランの意外なエラー。スペインのGKでは彼の前の代表アルコナーダ、やはり名手といわれたその人が、84年欧州選手権決勝でプラティニのFKを取りそこねて失点した例もあるが…。

 意気あがるナイジェリア、スペインはラウルが再びシュートチャンス。しかし疲れからか、ボールをたたきつける左足に力がない。

 そして78分、ナイジェリアが勝ち越しゴールをつかむ。左コーナー近くのスローインをオコチャがニアポスト近くまで投げ、アルコルタがヘディングでクリアしたのがオリセーの前に落ちる。その3バウンド目を、走ってきた勢いをのせた右足シュート。ゴール左ポストのぎりぎりに飛び、スビサレッタの右手は、触れはしたが、はじくことはできなかった。

(サッカーマガジン 1998年8/19号より)

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