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磐田のドゥンガと世界のドゥンガ



“きょうはいいものを見た”

 印象が薄れないうちにと、メモを広げて、読み直し、書き込むことにした。6月16日深夜、正確には17日午前0時35分、ナント発の列車の中に私はいた。ボージョワール・スタジアムでのグループリーグA組、ブラジル対モロッコを見て、アンジェーのホテルへ戻るところだった。



ロナウドの読みと突進



 午後9時開始の試合は、前半2―0(前号参照)とブラジルがリード。後半にも1ゴールを加えて3―0で、完勝した。ラフ・プレーというより、後方からの体当たりや、スパイクの裏を見せてのタックルなど、危険なファウルを繰り返しながら、食い下がり、ときに中盤を制して攻め込こうとするモロッコを相手に、ブラジルは、見事なボールのつなぎと、シュートへ持っていく手順の確かさを見せて、2勝目を挙げた。


 後半の1点は、ロナウドからだった。右DFのボール処理のミスに、ロナウドがつけ込んで奪い、ドリブルしてゴール正面へパス、ベベットが決めた。


 50分のこのゴールは、ロベルト・カルロスのクロスがゴールラインを割ってゴールキックとなったところから始まる。これをGKのベンゼクリが大きく蹴らずに、右DFのサベルにグラウンダーのパスを送ると、サベルはボールを止めたとき、上に重なる形となってバランスを崩した。

 スタンドから見ていると、ゴールキックからのボールが、サベルのほうに転がると、ロナウドは中速でそちらへ寄っていった。

 モロッコの攻めの起点にもなるサベルだったから、けん制のために近づいたのか、エラーの出る予感があったのか…、そのロナウドの接近が原因なのかどうか、ポルトガルの名門スポルティング・リスボンで働くサベルがボールを止め損なってしまう。

 途端に全速力で接近して奪い、反転したロナウドの速さ…彼に抱きつこうとしたサベルが振り切られてしまう。

 一気に10歩ばかり突進したロナウドは、エリア内で待ち受けるCBのロッシを、右へステップを踏んでタテに出るフェイントで突破し、飛び出してくるGKの前で、右アウトサイドキックでゴール正面へ流し込むようなパス。ベベットが走り込み、右足で無人のゴールへプッシュした。

 相手のミスを嗅ぎつける本能的な“何か”、そして突進の速さ、ロッシを前にしてフェイントをかけて、次に前へ出るときの鋭さなど、改めてロナウドという21歳の若者の能力を見る思いがした。

 すでにFIFAの「ワールド・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー」を2年連続受賞している。私自身、FIFAという公的機関が、こういう個人表彰にかかわるというのは、あまり好きではないが、サッカーを支援する企業が、これほどの素材が存在することを祝いたくなるのもムリはないことかもしれないなどと思ってしまう。


 得点はこのあと加えられなかったけれど、ブラジルの攻撃は、まさに“フットボールのショー”だった。



ドゥンガのボールコントロール



 そのショーのなかで、特にうれしかったのは、ドゥンガ、セザール・サンパイオ、レオナルドなどが、いいプレーをしてくれたことだった。

 第1戦の対スコットランドでチーム全体が本調子でないとき、ドゥンガのゲームコントロールはまったく見事だった。中盤の底の位置からの巧みなパスと安定した守りは、彼がこのチームのリーダーであることを、だれの目にも明らかにしていた。翌日の新聞は、ロナウドが今ひとつだったことより、ドゥンガの支配力を称えたものだ。

 この日の第2戦も、1点を返そうと、攻撃に出てくるモロッコを、彼はやんわり受け止め、あるいは巧みにそうさせてボールを奪い、仲間へ散らした。

 ときには仲間を叱咤し、激励した。前半にアウダイールが相手のクロスを安易にCKに逃げるのを注意し、セザール・サンパイオのファウルで、エリア近くのFKのピンチのときにはベベットを怒鳴りつけた。その前にも、ちょっとしたパスミスで観客のブーイングを受けていたベベットが、ドゥンガに言い返し、レオナルドがなかに入るのが、記者席からも(声は聞こえないが)見えていた。

 ブラジルにいたころ、あるいはドイツでプレーしたころは、“頑張り屋”が彼のレッテルだった。その彼が素晴らしい統率者となり、ワールドカップの舞台で、誰もが驚嘆する長短のパスの妙味を見せるようになった。

 それは、おそらく彼が日本のJリーグに入り、ワールドカップより下のレベルの試合で余裕を持つことで、彼自身の新しい面を開いたからに違いない。もちろん、もともとブラジル代表になろうという選手は、高いレベルの基礎技術を備えている。それがワールドカップでは、自分の一番得意なところにしか出せないのが、日本に来ると、その技術のすべてが一段上だから、代表のときよりも幅広いプレーができるのだろうと私は理解している。

 もしそうなら、Jリーグはブラジル代表にも、そして世界にも貢献していることになる。


 ブラジルのプレーを反すうしているうちに、車内の35分はアッという間に過ぎた。

 列車はアンジェーに着いた。

 今夜はぐっすり眠れそうだ。

(サッカーマガジン 1998年9/30号より)

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