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フランス攻撃サッカーの妙ジダン退場の不安は残るが

 イタリアのセリエAでの中田英寿選手の活躍は、毎週のわたしたちの楽しみになりました。ワールドカップの舞台を踏んで、さらに上達してゆくプレーヤーを見るのは、本当に楽しいことです。

 彼が戦ったフランス・ワールドカップのわたしの旅は、グループリーグの第2戦でフランスがサウジアラビアと戦い、1―0で後半を迎えるところからです。

“フランスのスタジアムはタバコでクサイ”。98年6月18日、パリ北郊サンドゥニのフランス競技場、午後9時から始まったC組のフランス対サウジの後半の、わたしのメモの書き出しは、タバコの煙のことだった。

 4年前の米国大会と比べると、何から何までサッカー国らしく素晴らしい運営(入場券は別として)のフランス大会だが、ただ一つ気に入らないのは、米国と違ってスタジアムが禁煙でないことだった。

 そのタバコのことを後半のメモの初めに記したのは、ハーフタイムに周囲が一斉にタバコを吸ったから…。フランスの記者たちもホームチームの45分を、根をつめて見ていたのだろう。


 後半初め10分間もフランスが立て続けに攻める。GKアルディアイエはトレゼゲ、ジダンのシュートを防ぎ、クロスをパンチする。2度サウジにカウンターのチャンスがあった。これはフランスのミスパスからだが、ブランとドゥサイイーの中央部はデシャンとともにサウジの攻めをはね返す。

 ジャケ監督は、左のディオメドに代えてジョルカエフ(58分)を投入。彼のドリブルや独特の“間(ま)”を生むキープは楽しい。左利きでないジョルカエフだが、左サイドへ出たとき、左利きのリザラズとのコンビがいい。そのジョルカエフがゴール正面、やや右寄りで倒されてFKを得た。67分だった。



名GKアルディアイエにミス



 ゴールを狙った彼の強いシュートは壁に当たり、これを拾ったフランスは右へ回す。タッチ際でチュランが2人を引きつけ、前へ抜いて出て中へ。クロスというよりシュートのようにゴールに向かったボールを、GKアルディアイエがジャンプ・キャッチ…それがつかめずにボールを上方、後ろへはじき、落下したのをトレゼゲがヘディングでたたき込んだ。

 チュランのキープから、ボールを前へ出してのダッシュの速さ、そしてシュートのような強いクロスは、おそらくGKの予想よりもキックのタイミングも、ボールも、速かったのだろう。何度もピンチを切り抜けたアルディアイエには不運なエラーとなったが、そのエラーを逃さず、ジャンプ・ヘッドしたトレゼゲの動きもまた、素晴らしかった。

 テレビ画面のリピートは、ボールの落下に合わせて、格段の速さでジャンプしたトレゼゲの形の美しさを見せてくれた。

 2―0、フランスの決勝トーナメント進出をだれもが確信したこのゴールから2分後に、信じられない“事件”が起こる。

 ジダンにレッドカードが出たのだった。

 70分、彼が中央右寄りで相手にからまれたとき、倒れたアミンを踏みつけたとしてカーター主審が退場処分にした。スタンドから見た感じでは“踏みつけた”とは見えなかったが、“疑わしきは罰したい”レフェリーの解釈は違っていた。



ロングパスからのゴール



 10人対10人となってサウジは勢いづき、互角の形勢となったが、そのサウジの望みを砕いたのが一発のロングパス。GKバルテズのキックがハーフウェー・ラインを大きく越え、相手ゴールから25メートル地点に落下したのをアンリが取ってドリブル、GKのニアサイドを抜く、インサイドキックのストレートシュートで3―0とした。

 バルテズの(パントでない)キックに対する反応の速さと、落下点への的確な判断…そして、巧みなドリブルとGKの位置を見ておいてのシュート。トレゼゲのモナコの仲間であるアンリのこの日の2点目で、サウジの勢いは止まった。


 そして、そのアンリに代わったピレスが85分の4点目にからむ。

 相手の攻め込みからの、左からの低いクロスをペナルティー・エリア中央でドゥサイイーがはね返すと、そのボールをトレゼゲがデシャンに戻す。ドリブルしたデシャンが左オープンスペースを大きく送り、そこへピレスが走り込み、相手DFを引きつけ、ペナルティー・エリア内に流し込む。

 これを受けたジョルカエフが後ろに小さく残したのをリザラズが受ける。右には最初にタッチしたトレゼゲが展開していて、GK1人に対して2人の形、リザラズは得意の左足で、左へと警戒させておいて右へ、GKの左手側を抜いた。

 味方ボールになった瞬間の各選手のダッシュ、左へ斜行する者、右へ開く者、彼らの高速のクリスクロスの航路は、わたしにはカウンターのモデルのように見え、そのパスワークの余韻は、しばらくタバコの匂いを忘れさせてくれるほどだった

 4―0、満足と大黒柱を欠く不安を残し、開催国は決勝トーナメントに進む。

(サッカーマガジン 1998年10/21号より)

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