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クロアチア戦、前半シュケルの“消える”動き

赤の市松模様の伝統



 これほど多くの日本人がヨーロッパで“君が代”を歌ったことがあるだろうか…。6月20日、午後2時すぎのナントのボージョワール・スタジアム。記者席から見て左手のゴール後ろ、そしてバックスタンド、さらにはメーンスタンドから上がる高らかな歌声と、青いユニホームと、日の丸を見ながら、ふと思う。

 戦後、日教組をはじめ、日の丸と君が代に反対する勢力の声が大きく、学校などの式典から国旗の掲揚と国歌の演奏を追放するのが流行のようになった時期があり、学校以外の公式の場でも、国歌の演奏はあっても参加者の声が響くことは少なく、このメロディーを「大相撲の表彰式の歌」と思いこんでいた者もあったという笑えぬ話もあった。

 それが、東京の国立競技場の日本代表の試合から復活し、とうとう、フランスのツールーズ、そして、ここナントまで、サッカーのサポーターの大群とともにやってきた。

 彼らは礼儀正しく、君が代に続く、クロアチア国歌の演奏にも起立し、終わると大きな拍手を送った。

 クロアチアの国歌は荘厳で、ユーゴスラビアから分かれた新しい国であっても、11世紀に強大だったクロアチア王家以来の伝統を感じさせる。ユニホームの鮮やかな赤の市松模様は、新しく制定された国旗の中央部にある王家の紋章から取ったもの。

 バルカンの西にあるクロアチアは、スラブであっても西欧圏に近く、それ故に第ニ次世界大戦中はナチス・ドイツの勢力下に入ったこともある。その当時にも使用した市松模様について、ナチ時代の印象が強いとする声もないではないが、クロアチア人はそんな近い時代ではなく、はるか昔からのアイデンティティーであると主張する。彼らの市松模様への思いは、ユーゴスラビアに属していた頃でも、伝統を誇るサッカー・クラブ、ディナモ・ザグレブ(現クロアチア・ザグレブ)の紋章に使っていたことにも表れている。



守備重視のクロアチア



 キックオフは日本。日差しは強く第1戦のアルゼンチン戦のときとはまったく違う。第1 戦でジャマイカに勝ったクロアチアにとっての第2戦は、負けないことが第1、ために先に点を取られることを警戒する。

 攻撃力には定評があるが、守備力に難あり…と言われたチームだが、ブラジェビッチ監督は、その守備線を全体に後退させ、やや用心深い構え。

 攻撃は有名なシュケルがトップ、もう1人の欧州屈指のストライカー、ボクシッチは故障で出場できず、代わってスタニッチが起用されている。本来なら、この2人にパスを送るボバンの姿はなく、プロシネツキとアサノビッチが支援する。

 小さなパスをつなぐ日本と違って、だれかがドリブルで持ち上がるか、ロングパスでいきなりトップに合わせる…といった形からの攻撃。後方を厚くする戦略を忠実に守る。

 相手がこうだから、日本は第1戦と同様に中盤では比較的楽にボールが持てる。ただし、相手陣25メートルあたりからはそうはいかない。

 それでも、14分に城と相馬が、18分にはまた相馬がシュートする。

 その相馬のシュートの後、今度はスタニッチのフリー・シュート。中山のヘディングのバックパスを奪われた後、スタニッチへ出たボールを井原がスライディングして取ろうとした球が相手に当たり、そのままスタニッチが突進してノーマークとなったもの。右足シュートが左へ外れたが、“助かった”という感じ。



シュケルに肝を冷やす



 日本も20分のFKでアイディアを見せる。中田が壁の背後へ浮きダマを送り、城が取った。シュートまでいけなかったが意表を突くプレーに、スタンドはしばらくどよめいた。

 暑さが強まってくるにしたがって、日本側にミスが増え、危険も増す。

 それが攻めに出て両サイドも前進しているときに起こるとヒヤリとさせられるのだが、34分に日本が素晴らしいカウンターを見せた。

 プロシネツキが左寄りでドリブルするのを名波がうまく詰め、中田が奪って一気に前へドリブル、中央の中山へ素晴らしいパスを送り、これを中山がシュートした。右足のアウトサイドでたたかれたボールはGKラディッチの左手に防がれたが、本当に惜しいチャンスだった。

 その直後、今度は日本が肝を冷やす。中田のシュートが相手DFに当たったリバウンドを、アサノビッチが拾って一気にドリブルで進み、25メートル辺りで右に開いていたスタニッチに渡す。スタニッチからゴール正面へパスが出て、それをシュケルが、中西のマークを振り切って取った。ゴールを背にしたシュケルが反転しながら蹴ったシュートを、川口がスライディングして防いだ。

 モニターテレビのリプレーを見ると、シュケルの反転シュートはサイドキックで川口のマタ下を狙ったフシがある。川口の落ち着いたファインプレーで防いだこのピンチだが、わたしはシュケルのボールを受ける前の動作に、彼のストライカーとしての経験…“消える”を見た。

 ボールがアサノビッチからスタニッチに送られ、スタニッチがキープしたとき、シュケルが自分の位置を小さく外にずらせた。

 中西は、マーク相手のシュケルと、スタニッチのボールを同時に視野に入れなければならないのに、シュケルのさりげない動きで、視野から消えて、そのスタートを見ることができず、ホールディングしようとして、それも振り切られたのだ。

(サッカーマガジン 1998年11/11号より)

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