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老練ハジの“1本”に苦しめられたイングランド

 アルゼンチンに勝った若い日本代表へのアジア大会での期待が強まっている。2002年を控えて、こうしたタイトルマッチを戦うことは選手たちには良い経験となる。特にアジアの“大人”たちの狡猾なプレーと、バンコクの蒸し暑さを一人ひとりが味わい対応することは、プラスになるはずだ。


“やはりハジだ”…と思う。

 6月22日夜、午後9時キックオフのグループリーグGグループの第2戦、ルーマニア対イングランド。後半に入ってすぐ、ルーマニアがハジのパスから得点して、1―0とリードしたのだった。

 ツールーズでのこの試合を、わたしはマルセイユのO氏宅のテレビで観戦していた。

 前日、北フランスのランスでグループFのユーゴスラビア対ドイツ(2―2)を見たあと、この日、ツールーズへ飛ぶ予定だったのが、急用ができたため、マルセイユに戻ってきたのだった。

 ルーマニアは90年のイタリア大会のときに第2ラウンドに進み、94年米国大会でベスト8に入って、攻撃の中心となった小柄な左利きのハジのプレーは称賛された。

 そのハジが96年の欧州選手権では調子を落としていたから、2年後のこの大会では33 歳の彼にあまり期待はできない、とみていたのだが…。

 前半半ば、互角の戦いのなかでハジはFKを2本とドリブルシュート2本を蹴った。そのドリブルシュートが2本とも右足であったのと、直接ゴールを狙った左足のFKが大きく外れたのが彼らしくなく、いささか“気合”が入りすぎているように見えた。

 2勝を挙げて決勝トーナメントに進むチャンス、しかも相手がイングランドとなれば、気迫のこもるのも当然だろう。開始から2回続けてファウル・タックルして4分にイエローカードを出されたのも、その表れだったが、後半の先制ゴールにからむプレーは、冷静そのものだった。



ボールを受ける動きの巧みさ



 得点への道すじはまことに簡単。右タッチライン、25メートルのスローインをペトレスクが投げ、バウンドしたボールをハジが左足アウトのボレーで、柔らかく浮かし、ゴール正面を守るアダムスの頭上を越えて落ちたのを、モルドバンが決めたのだった。

 この手順の一番のポイントは、ハジが内から外へ軽快に動いて、左DFルソーの注意を外に向け、素早いターンで内側のスペースを突いたこと。第2のポイントは、ゴールに体を向けてボールに近づいたハジのために、アダムスが自分のマーク相手のモルドバンを視野から失ったこと。第3は、いうまでもなくハジのボールタッチそのもの。バウンドの高いところを左足アウトサイドで下から捕らえ、アダムスを超えて走り込むモルドバンに落ちるボールを送ったことだった。

 昨シーズン、スイス・リーグのグラスホッパーにいて、27ゴール(32試合)を記録し、イングランドのプレミア・リーグのコベントリー・シティに買われた27歳のモルドバンが、ノーマークのおいしいチャンスを逃すわけはなかった。

 テレビのリプレーを見ると、危険区域に近いところでのスローインにしては、ルソーやキャンベルのポジションにも疑問は残るが、相手の一瞬のスキを、自分のプレーで広げてしまうところは、はやりハジだ。



若いオーウェンの初ゴール



 不本意な失点を挽回するために、イングランドは30分以上も強圧しなければならなかった。ベテランのシェリンガムに代えてマイケル・オーウェンを投入(73分)したころから、攻撃は激しさを増す。

 ルーマニアもハジを休ませてスティンガを入れるが、オーウェンの鋭い動きと的確なパスはイングランドを勢いづけ、78分ついに同点ゴール。シアラーの右からのグラウンダーの速いクロスを、飛び込んだスコールズが足に当てて残し、それをオーウェンが走り込んで、勢いそのままにシュートを決めた。

 1―1。若いスターの初ゴールに、スタンドのイングランド・サポーターのボルテージの上がるのがテレビ画面からも伝わる。

 ベッカムのドリブルシュート、ルソーの左からのクロスと、相手ボールを奪ってからの攻めもスピーディーだ。

 しかし2点目を狙いながらも、どこかに同点にしたという安心感が、あるのだろうか。イングランドの相手への寄りが少し遅くなる。スペースができると“バルカンのラテン”ルーマニア人のテクニックが生きる。

 85分のイリエの突破は防がれたが、そのすぐあとペトレスクが勝ち越し点を決めた。

 右サイドにいた彼は、右から中へドリブルで入ってきたあと、いったん後方にボールを戻し、左タッチ際からゴール前の空白地帯へ送られたパスを、走り込んでルソーと競り合いながら、左足でシュートを決めた。

 彼をマークして併走したルソーが体を入れはしたが、ボールが離れたのをペトレスクは逃さなかった。イングランドのチェルシーにいる彼が、同じチームの仲間ルソーを相手に奪い取ったゴールだった。ハジの仲間の老練が生きた。

 2―1。イングランドはオーウェンの惜しいシュートが左ポストをたたいて、ロスタイムの4分はあっという間に過ぎてしまった。


(サッカーマガジン 1998年12/16号より)

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