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ノルウェーの逆転勝ちとシャツ・プリングのPK




 アジア大会2次リーグ第2戦、対クウェートの逆転勝ちは素晴らしかった。何よりも、技術のある若い選手たちが、ボールを回すだけでは得点できないこと、ボールをサイドに散らすことと、ゴールに向かって突っかけることの大切さを体で知ったのが大きいと思う。

 もうひとつ、勝ち越し点がPKであったこと。明らかな反則だったが、主審がためらうことなく笛を吹いたのは、アジアのレフェリーのレベルアップを示すものだった。


 さて、フランス98の旅は、グループリーグA組のブラジルに対するノルウェーの逆転勝ちと、その決勝ゴールとなったPKのお話。



1本のパスとストライカーの力



 78分、デニウソンのドリブルと左からのクロスに、ベベットがヘディングで合わせてブラジルが1―0とリードした。あと12分…再開のキックオフのとき、ノルウェーはリセトに代えて192センチのベテラン、J・フロを投入し、挽回の意志を強く表した。

 そして83分、J・フロより9歳若い弟のT・A・フロが同点とした。9本のパスを続けてから、リバウドがドリブル突破しようとしたブラジルの攻めを防いで、奪ったボールを左DFのビヨルンビーへ。彼が前方左のオープンスペース(カフーの後方)へロングパスを送ると、疾走したT・A・フロの前にピタリと落ち、T・A・フロはペナルティー・エリアに入ったところで、伴走するジュニオール・バイアーノよりわずかに早く、右足アウトで内に切り返し、ゴールエリア左角で右足シュート。ボールはタファレルの右(攻撃側から見て)を抜いた。

 1本のロングパスとT・A・フロの個人的な強さが物をいったゴールだったが、引き分けでは決勝トーナメントに進めないノルウェーは、なお攻めに出る。


見破られたJ・バイアーノの“手”



 ブラジルも攻め返す。J・バイアーノがドリブルでハーフウェー・ラインを越え、ロナウドへパスを送る。きわどいボールをGKグロドスが飛び出してロナウドの足元でセーブ。そのボールがすぐ前に送られ、左サイドのミュクランへ。そして、そこからペナルティー・エリア内へクロス、ボールの落下点にT・A・フロとJ・バイアーノがいた。

 そのT・A・フロが、ボールを受けたときに倒れる。と、ホイッスル。米国の主審バハーマストは、右手でペナルティー・スポットを指した。
“PK”。スタジアムは騒然となる。

 記者席のモニター・テレビはリプレーを映したが、J・バイアーノが胸で倒した程度にしか見えない。

 ボールがリプレーされ、キッカーは10番のレクダル。ベルギーやフランスのリーグで働き、いまはブンデスリーガのヘルタ・ベルリンでリベロを務める29歳。右足の強いシュートで左ポストぎりぎりに蹴り込んだ。PKを読む“名人”ブラジルのタファレルは、今回も方向を予知したが、彼のジャンプよりもボールの方が早かった。

 ノルウェーが2―1。88分、ロスタイム3分を加えて残り時間はバイキングには長いが、ブラジル人にはあまりにも短いものだった。

 93分、リバウドへの反則で30メートルのFK、ロベルト・カルロスの見せ場があったが、右ポストぎりぎりへのシュートはグロドスが飛びつきキャッチ。ノルウェーの決勝トーナメント進出が決まった。

 すでに2勝を挙げているブラジルはA組首位は変わらないにしても、1年の間に同じ国に2度敗れる記録と、彼らにもまた弱点があることを開示した。



レフェリーの好位置に脱帽



 決勝ゴールとなったPKは、プレスルームに戻って見たテレビのリプレーでもはっきりしなかったので、メディアの報道は英語で言う「Controvertial」…“論争となる”という形容つきだったが、後に別の角度の映像でJ・バイアーノがT・A・フロのユニホームを引っ張り(シャツ・プリング)妨害するシーンが紹介され、反則は明白となった。

 主審のバハーマスト・エスカンディアルは米国籍だが、マザー・ランゲージがペルシャ語というからイラン系。ワールドカップの予選では、日本にとっての起死回生の対韓国(97 年11月1日、ソウル)で笛を吹いたほか、南米予選でも2試合主審を務め、アトランタ五輪準決勝といった大舞台の経験もある44歳。

 あとでNHKの映像録画を見ると、彼はペナルティー・エリアのすぐ外にいて、ペナルティー・スポットすぐ近くの2人の競り合いを見た位置は、ちょうどJ・バイアーノが手で引っ張るのを見る、最もいい位置だったようだ。

 判定を受けたJ・バイアーノがまったく何も言わないのに、ゴンサウベスがレフェリーに抗議していたのは、ゴンサウベスからもよく見えなかったのだろう。

 このJ・バイアーノの手の使い方は、ブラジル選手特有の“巧み”なもので、相手が動作を起こす瞬間にピッと引っ張る、あるいは押して、すぐ手を放す。ごく短い時間なので見つかりにくいのだが、今回は、こうした違反に対する研修を積んだレフェリーの目から逃れることはできなかった。

(サッカーマガジン 1999年1/13号より)

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