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ストライカーというポジションへの理解不足?

ボール・ポゼッションの時間



 空席を見つけて荷物をおろし、ひと息ついたら、すぐ近くから声がかかった。アントラーズのNさんだった。周囲にも日本からのファンがたくさんいた。

 98年6月26日午後7時半、リヨン市パール・デュー駅のスナック。4キロ南にあるジェルラン競技場から引き揚げてきたところ、マルセイユへ戻るためのTGV531列車、午後9 時4分発までに、時間は十分にあった。


(サッカーマガジン 1999年1/6号より)“点が取れませんね”。Nさんの声にうなずきながら、あらためて今年の日本のワールドカップも終わってしまったのだと思う。


 チキンのサンドイッチとコーヒーを頼んで、ノートを開く。試合後に配られた記録は、アン・オフィシャルとなっている。この記録には、両チームのメンバー、交代出場、イエローカード、主審、副審、CK、オフサイド、ショット(シュート)、SOG(ショット・オン・ゴール=ワク内へのシュート)、反則が記載され、さらにタイム・オブ・ポゼッション(ボールを支配した時間)の項もある。

 非公式というのは、これらの全部をチェックしていないということなのだろう。なるほど、ボール支配時間は前半だけしかなかったが、それでも日本は16分39秒、ジャマイカは14分31秒。AZ(アタッキング・ゾーン)での時間、つまり攻め込みは日本が7分32 秒、ジャマイカが3分32秒となっていた。後半は日本がさらに攻めたから、ボール・ポゼッションはおそらく日本が1・5倍はあったハズ。昔の日本式の新聞記事なら、7分3分で攻めたというところだろう。


 ついでながら、第1戦の対アルゼンチンでのボール・ポゼッションは、日本が25分07 秒(攻撃ゾーン=10分10秒)、相手は29分11秒(同14分6秒)とさすがに押し込まれ、守勢に立つ場面の多かったことを数字は表している。

 第2戦の対クロアチアは、暑さと相手の守備重視戦術もあって、日本が26分12秒(13分33秒)、相手が26分17秒(11分42秒)。欧州選手権(96年)ベスト8のクロアチアに対して、ボールキープは互角、攻勢時間はこちらが多かった、ということになる。



55本のシュートで1本



 かつての日本代表は、特定のプレーヤーを除くと、ボール・テクニックのレベルが低く、アジアの試合でもボール・ポゼッションの時間は少ない方だった。それが少年期からのボールへのなじみと、プロ化による体力と走力のアップ、さらには近代戦術の浸透で、ワールドカップの本大会で優勝候補アルゼンチンと4分6分、クロアチアと互角、ジャマイカには優勢という結果となった。

 岡田監督の目標、1勝1分け1敗も、ボール・ポゼッションを見る限り不可能ではなかった。

 それが3敗に終わってしまったのは、サッカーで最も大切なゴールを奪う、得点することができなかったからだ。

 メモによると、日本の3試合のシュート数は55。そのうち秋田、中西、名良橋、相馬のいわゆるDFの12本と中田、名波、山口、平野、小野のMF陣を合わせて32本。中山、城、呂比須らのFWが23本を記録している。現代のサッカーでは、第2列のシュートや、あるいは第3列、DF の攻め上がりから、(あるいはCK、FKから)のゴールも大切なのだが、なんといってもFW、いわゆるストライカーという得点を仕事とする者が、シュート・チャンスをつかみ、得点するのが普通である。特に、今度の大会では各チームのストライカーたちの活躍が目立った(連載第3回参照)のだが、この点では、日本は実績を残せなかった。



秋田のステップ・アップ



 その原因は、もちろん個々のプレーヤーのシュート力を含めた得点力にあるのだが、そうした日本代表のフィニッシュの力の弱さを生んでいるのは、Jリーグをはじめとする日本サッカー全体のポジション・プレーの理解度の薄さ、特にストライカーについての関心の低さにあるように思える。

 全員で守り、全員で攻める…1974年のクライフとオランダのトータル・フットボールというコーチたちのお題目は、テレビなどを見ていても、“城はいい守備をしましたネ”などというコメントに表れたりする。もちろん守備も大切だが、彼には本来の仕事があり、そのゴールを奪うという観点からの批評が、本人にも最も大事なことだろう。

 フランス大会の組み合わせが決まって、まず最も強い相手から順番に当たることになって、チーム全体で守りについての意識が高まったのは当然ながら、結局、それがストライカーたちの足かせになったのではないか…。


 そんな話を交わしているうちに、Nさんのパリへの時間がきた。立ち上がる彼へ、あらためて言う。
「Nさん、アントラーズにはお礼とお祝いを言わなければなりません。秋田が大会でパーフェクトに近いプレーでした。これから、日本の各チームのFWはステップ・アップした秋田攻略に力を注ぐ。それがまた上達につながるでしょう」と…。

 3敗にも得るところは多い。



(サッカーマガジン 1999年3/17号より)

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