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フランスを救ったブランの決意と決勝ゴール

レキップ紙のゴールシーン


 ブルーのユニホームに白の背番号が5、その上に「L・BLANC(ブラン)」の名前。白パンツの上部に赤線、そして赤いストッキングをつけた男の右足が振り切られ、その足でたたかれたボールと、そのボールに対して手を広げ注視する黄・緑・黒のユニホーム、胸番1 のチラベルト。その左にパラグアイのDF、赤白の5番をつけたシャツと紺パンツ、白ストッキングのアジャラ…。

 98年6月29日(月曜日)付のフランス最大のスポーツ紙「レキップ」の1面は、前日のフランス対パラグアイの決勝ゴールの写真を(日本の新聞流に言えば)9段いっぱいに、「LA DELIVRANCE」の大見出しとともに掲載していた。ラ・デリブランスは「救出、解放、分娩(ぶんべん)」といった意味。

 1点をもぎとるのに34本のシュートを打ち、114分もかかった、史上初の延長Vゴールの“難産”を、言いえて妙、というべきか。

 6月29日、パリのリヨン駅を8時6分に発車したばかりのTGV(テー・ジェー・ヴェー)807号、マルセイユ行きの1号車66番のシートに、わたしはいた。

 前日、マルセイユからTGVでパリに来て、モンパルナスのホテル・リットルに荷物を置き、いったんメトロ(地下鉄)のポルト・ベルサイユ駅に近いプレスセンターに寄ってから、サンドゥニのスタード・ド・フランスでデンマークがナイジェリアに快勝するのを取材した。

 そしてこの日は、パリから南下して、マルセイユ手前のアビニョンで乗り換えて、モンペリエに至り、ラ・モッソン競技場でのドイツ対メキシコを観戦する予定だった。



フランスの攻撃は多彩だが…



 いつものことながら、TGVの車は休息か、メモの整理。静かでゆったりしたシートで新聞を読み、自分の印象と照合するのは、この旅の中での楽しみのひとつ。フランス語の不勉強は大きなハンディだが、それでも世界の共通語であるサッカーのこと、わずかな手掛かりを頼りに“レキップ”のようなスポーツ紙や、高級紙フィガロ、あるいはマルセイユの地方紙プロバンスといった新聞を“読む”でなく“見る”と、ほんの少しでも自分の知識が増える気がしてうれしい。

 新聞をながめ手元の記録と照合すると、プレスセンターや競技場のプレスルーム、あるいはホテルなどで途切れ途切れに見たフランス―パラグアイ戦の印象がよみがえり、まとまってくる。

 左サイドの小柄なバスク人リザラズと、右のアフリカ系長身チュランの、タイプの違う選手の攻め上がりのうまさ。大きなストライドで走り、長い足を素早く相手の前に出してボールを奪うチュランは、持って出てからまれ、取られたかと見ると取り返し、ドリブルし、シュートまでもってゆく。

 リザラズは的確なパスと、リターンを受けてのスピード突破。利き足の左を使ってのパスとシュートは、小柄なだけにインステップも、アウトサイドもインサイドも使えるからバリエーションがあり、正確だ。

 しかし、この強力な両翼の攻めもなかなか得点を生まない。

 出場停止のジダンに代わる攻撃の組み立て役のジョルカエフは、いいプレーをするのだが、ジダン独特のピボット・ターンやランからの急停止といった“間”を作りだすことはできない。プレーヤーのキャラクターだから致し方ないが、全体にスピーディーではあっても、得意の変化に乏しいこのチームでジダンの“間”という味付けがなければ、多数防御の相手を崩すのは困難だった。

 フランスのシュートが前半に9本、後半14本、延長に入って前半6本、後半5本、合計34本。そのうち20本がショット・オン・ターゲットと記録され、58・8パーセント。そのゴールの枠へ行ったうちの13本が、DFの体に当たっている。多数防御の効果でもあり、シュートのときに体をくっつけてくるパラグアイの強さの表れだろう。



ピレス、トレゼゲ、ブラン



 フランスのゴールは、ピレスが右から柔らかく浮かせたボールを、トレゼゲがヘディングし、それをブランがシュートしてチラベルトを抜いたのだが、この伏線は、その2分前に相手の大きなクリアをDFドゥサイイーが取ったときに、そのボールをもらってブランがハーフウェー・ラインからドリブルしたところから始まる。

 ブランは持ち上がり、ピレスに渡し、自分はゴール前へ。右に開いていたギバルシュがピレスからのパスを受けて左足でゴール正面へ送ったが、ブランには届かずヘディングではね返される。そのあと3回の右からのクロスは不成功だったが、ブランはそのまま残る。そして、ピレスが相手のヘディング・ボールを拾い、中へドリブルしてから右外へドリブルし、エリア右角内から送ったクロスがトレゼゲの頭に合い、右ポストよりやや右外、6メートルのブランに渡ったのだった。

 多数防御のゴールを破るには自らの強さで…ブランの決意が最後に生きたゴールだったと思う。

 0―0でPK戦に持ち込んでフランスのミスを待つパラグアイの戦略は、ブランの意欲と、それに支えられたイレブンの力で破られた。


(サッカーマガジン 1999年5/19号より)

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