賀川サッカーライブラリー Home > Stories > >伝統の技巧に速さと強さ対ドイツに見るメキシコの変革

伝統の技巧に速さと強さ対ドイツに見るメキシコの変革

ドイツに中田がいれば…



“メキシコもやりますネ”

「うーん。ノックアウトシステムの1回戦のなかで、いちばん大事な試合になるかと思っていたけれど、両チームのカラーの違いが、そのままゲームに表れておもしろい」

“ドイツの攻撃がいま一つの感じ”

「このチームはやはり左右両翼に広く展開して、その外側から中へ、中から外へとボールを動かすこと。そして、揺さぶるか、ゴールライン近くまでの進入からのクロス、ということで空中戦の強さが生きてくるのに、きょうはそれが少ない」

“ヘスラーのゴールラインからのクロスをビアホフがバーに当てた”

「深く食い込んで、そこからのボールがGKの取れないところに届けば、ヘディングの名手が2人いるのだから…」

“中盤のイエレミースがいないのも響いています”

「彼のドリブルと俊敏さは、この大型揃いの中でのアクセント。テンポの変化に役立つ、それがいないのだから…」

“大会前に見た何かの記事に、中田がもしドイツ代表チームに入れば、ドイツ代表はベスト4以上にいく、という賀川さんの話があった”

「ああ、彼がどれくらいの選手か、と聞かれたときの話でね。中田のようにオープンスペースへ良いパスを出せる選手がいれば、ドイツのプレーヤーの動いてボールを取ったときの強さが発揮できる。また、それほど決定的なパスでなくても、中盤で左右に中田がボールを散らせば、サイドへ出た彼らは1対1で勝負する。だから、彼ひとりでドイツはガラリと変わるという意味だった。日本はせっかく開いたところでボールを受けても、仲間がサポートにくるまで待つことが多いのだが…」

 98年6月29日のモンペリエ市、ラ・モッソン競技場。午後4時30分に始まったドイツ―メキシコ戦は0―0の前半のあと15分のハーフタイム。記者席での会話は第3者の気楽さも手伝って、自分たちの代表チームより、一歩上へ進んでいるチームをタネにして続いていた。



メキシコ代表の86、94年



 この日のもう一試合はツールーズでのオランダ対ユーゴスラビア。技術的な内容はむし
ろ上のハズだが、ワールドカップのひとつの興味である、異なった大陸のチームの対戦を選んだところ、メキシコが86年、94年より、さらに魅力的になっていることで、「ちょっとトクをした」気分になっていた。

 86年(連載47回参照)は自国での開催だったから、一つ勝つたびにメキシコ全土の熱気が高まるのが、見る者にひしひしと感じられた。

 この代表の監督を務めたのがボラ・ミルティノビッチ(写真)。ユーゴのパルチザン・ベオグラードとフランス・リーグでの選手経験を経て、メキシコのUNAM(愛称プーマス)でもプレーし、このクラブで監督として成功した。そしてメキシコ協会に請われて82年から代表の指揮を執っていた。

 90年はコスタリカ代表、94年は米国代表、そして今回はナイジェリア代表と、いまや4 カ国のワールドカップ代表監督というキャリアを持つ国際派コーチとなったが、当時は中北米きってのサッカー大国の若い外国人監督として、注目されたものだ。

 86年大会、ミルティノビッチの欧州流を導入したメキシコ代表はグループリーグを首位で突破し、ブルガリアを2―0で破ってベスト8に進んだ。満員のアステカ・スタジアムでの勝利のあと、全観衆がメキシコ国歌を大統領とともに歌い上げたシーンは、まさしくサッカーのエクスタシーと言えた。

 マンツーマンのマークを基調にした守備強化が成功の一つだったが、次の対西ドイツは120分を戦い0―0.PK戦で2人が失敗して敗退した。

 PK戦負けの痛手は94年大会にも繰り返され、グループリーグE組でアイルランド、イタリア、ノルウェーと戦い、1勝1分け1敗ながら得点数でこの組の首位となり、決勝トーナメントに進んだあとブルガリアと1―1.PK戦で3人が失敗して1―3で敗れた。


 この日のチームはその94年組のGKカンポス、DFのスアレス、MFのベルナル、ガルシア・アスペがいるが、FWのエルナンデスやブランコをはじめ、第2列から飛び出してくるパレンシアなど攻撃に優れたプレーヤーを持っていて、わたしの知るこれまでのメキシコ代表に比べると、伝統のボールテクニックの上に、よりスピーディーで体も強く、現代的なチームという印象。

 ボールテクニックという基調のある中南米が欧州流の激しい動きのチーム作りを目指し、そのための体力増強にも力を入れているのが、ここしばらくの傾向。74年大会の西ドイツ―オランダの決勝に見たトータルフットボールのパイオニアたちの試合に比べて、今日のサッカーははるかに活動量の多いものになっているから、いまさら驚くこともないはずなのだが、メキシコの変身ぶりを見ると、あらためてサッカーの変革に目を見張ることになる。

 もちろん、世界から見れば日本の上昇も驚きのようだが、Jリーグのお陰で大きな進歩を遂げたわたしたちとは別に、周囲の変化もまた早く大きいこと…ただし、その中でかつて最先端を走っていたドイツの停滞ぶりがいささか寂しいが…。

 15分が過ぎて試合再開。その2分後にメキシコの先制点が生まれる。


(サッカーマガジン 1999年6/16号より)

↑ このページの先頭に戻る