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僅差ながら会心の勝利でクロアチアはベスト8へ

柳沢事件への思い



 シドニー・オリンピックのアジア1次予選があり、日本代表が招待されたコパ・アメリカがあって、サッカーの動きはまことに忙しい。

 その間に柳沢選手の事件があったが、せっかくの伸び盛りの時期に代表から外れるタネをまいたのは、まことにもったいないことだった。 この選手は動き出しの早さと的確さで、チームの攻撃の“初動”での力となっていたから、オリンピック代表にはしばらく相当なマイナスとなるし、フル代表にも影響は出るだろう。

 しかし、ことは悪い面ばかりではない。代表から離れている間に、自分とサッカーについて、じっくり考えるチャンスが持てることだ。これだけの技術と能力を持ちながら、得点が少ないのはなぜか…鹿島アントラーズの乳母日傘(おんばひがさ)ですくすくと育った素材が、“頭を打った”ことをプラスに転じてほしいと、心から願っている。


 さて。本題のフランス98の旅は前号に続いてのルーマニア対クロアチア。“乳母日傘”とはまったく無縁な国の政治形態、社会体制の大変革のなか、サッカーを続けてきた男たちがヒノキ舞台のベスト8を目指す対決のセカンド・ハーフです。



必要なワザを効果的なところで



 0−1とリードされたルーマニアのキックオフで始まった後半、まずシュートをしたのがクロアチア。シューターはブラオビッチだった。

 スペインのバレンシアにいる25歳のスリムな彼が、46分に蹴った右足のサイドキックは威力がなく、GKステリヤには難しくはなかったが、一連のプレーはクロアチアらしい。

 攻撃の始まりは、アサノビッチともう一人がハーフウエー・ライン手前でガブリエル・ポペスクのボールを奪ったところからで、(1)左に流れたアサノビッチがタッチライン際から短いパスを前方、内側のブラオビッチに送る。(2)DFを背にしてボールを受けたブラオビッチは、これをリターンして今度は外へ出てタッチラインに沿って前へ走る。(3)アサノビッチはタッチライン際でボールを受け、ラインに沿ってボールを前へチップキックで送る。(4)ふわりと浮いて前方へ落ちたボールを、ラインぎりぎり、25メートルで取ったブラオビッチは、(5)DFチュボタリウと並走しながら左足で、自分の右足後ろを通す切り返しで反転。相手の応対より早く、中央へクロスパス。(6)シュケルがこれをPKスポット近くでDFを背にして受ける。(7)その反転シュートを警戒してルーマニアDFが周辺に集まるのを見ながら、シュケルはボールを左外へ送り、エリア左角からブラオビッチがシュートした…のだった。

 この攻撃のなかで見せた、タッチラインに沿って浮かせて落とすアサノビッチのキック、ゴール正面でDFを背にしてボールを左足で止めてキープしたシュケルの落ち着きとテクニックはまことに逸品。日本サッカーがノドから手が出るほど欲しい技術であり、日本代表が彼らに奪われたゴールも、このテクニックからだった。



ルーマニアの意図も実らず



 その2分後にルーマニアのガブリエル・ポペスクがミドルシュート。ハジからのパスを受けてだったが、バーを越えた。ルーマニアはこおあともイリエの左からの侵入や、左からのクロスからモルドバンのヘディングなどがあったが脅威とはならず、逆にクロアチアは右サイド、シュティマッチの突進からファーポストでシュケルがタッチし、相手をヒヤリとさせた。クロアチアの厚い守りと、ボールの奪い合いでの粘り強さに、ルーマニアは守備網を崩せないのに、クロアチアはサイドからの攻めの方が効果的な展開となる。

 ルーマニアのベンチはハジに代えてクラヨベアヌを投入する。動きの量の問題や疲労の点を考えてのことだろうし、中盤で手数をかけて良いパスを送るより、引いて守る相手とゴール前で競り合い、シュートし突っ込む選手を…というのかもしれない。

 59分のペトレスク、63分のクラヨベアヌのシュートがその意図を表しているが、全体が前へかかるだけにクロアチアのカウンターの見せ場も増えた。63分から5分間にシュートが4本、CKが1本。



ボバンとアサノビッチ



 このときに見せるボバンやアサノビッチのドリブルの素晴らしさには目を見張る。それもボバンには突っ立った姿勢での切れ味があり、アサノビッチには前傾姿勢から、からまれても倒れずに振り切る粘り腰といった個性が面白い。

 そうした個人能力のために、小人数での攻撃でも相手への脅威となるから、後方には人数を多く配置したままとなる。ルーマニアがボールを奪い攻めに出るときには4人のDF の前にもう1列の防御ラインがあって、2段構えの守りができてしまう。

 それを崩すためには、よほどの“芸”か“腕力”がなければならないが、すでにハジの芸はなく、バルカン半島のラテン人の国、ルーマニアにはスラブ人を力で押し込む“アングロサクソン的”あるいは“ゲルマン的”な強さにはいささか乏しい。

 ロスタイムの表示が出た直後にクロアチアが攻めた。2点目は生まれなかったが、クロアチアは自分たちが欠点と言われたディフェンス面で、最後まで冷静さを保つという新たな自信を加えてベスト8へ進むことになった。


(サッカーマガジン 1999年7/28号より)

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