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自らのスピードを生かす天性のドリブラー

“ボルドーとはアッという間にお別れだナ”

 7月1日11時8分にサン・ジュアン駅をスタートしたSNCF(フランス国鉄)の163列車は、南東に向け走っていた。予定通りにゆけば、ガロンヌ河に沿ってアジャン、モントバーンを通って、2時間20分でツールーズ。さらに1時間20分でナルボンヌに至り、そこから地中海を右に見て東進し、モンペリエを経てマルセイユのサン・シャルル駅には16 時39分に着くことになっていた。

 ここまで来ながら見逃して惜しいことのひとつは、ボルドーから大西洋(ビスケー湾)沿いに南下してバイヨンヌやサン・ジュアン・ド・ルスまで足を延ばせなかったこと。前者は、フランス代表チームの主将、ディディエ・デシャンの出身地、後者は左サイドバックのビセンテ・リザラズの生まれたところだ。サン・ジュアンは、スペインのサン・セバスチャンとはわずか33キロ、バイヨンヌは54キロ。いわゆるバスク地方のフランス側にある。

 バスクの人たちの剛穀不屈は、1549年に来日してキリスト教の布教に努めたザビエルに代表されるが、デシャンやリザラズがFKの壁を作るとき、相手のキックの瞬間に身を縮めない強さにも表れている。82年大会ではビルバオを訪れ、スペイン側のバスク地方とサッカーの関係を見たものだが、今度はデシャンたちの育ったクラブを見ることができないとは…。



PKを高く狙う勇気



 未知の土地への思いから、やがて今夜マルセイユから大阪へ送る原稿へ頭を切り替え、そのために前夜のテレビ観戦メモを広げる。ありがたいことに往路と違ってファーストクラスが取れたから座席はゆったり、テーブルもある。

 そのメモに「早い時間帯での2つのPK。そしてオーウェンの恐るべきドリブル・シュートと、アルゼンチンの巧妙なFK」という書き込みがある(前号参照)。アルゼンチンのPKを決めたバティのシュートは右足で左へ、GKシューマンが跳んで手に当てたが、そのボールは左ポストの内側に当たってゴールへ入った。イングランドの同点PKのシアラーは、やはり右足で左へ。ただし上隅を狙ったから、ロアは読んでジャンプしても手は届かなかった。

 上を狙うPKは、96年の欧州選手権のドイツ対イングランドの準決勝のPK戦で多く見られたが、GKの能力が上がっても、横の肩の上は捕らえにくい。ただし、高いボールを蹴るのは、キッカーにも勇気と技術が必要となる。その点シアラーが、GKの届きにくい、横の高めを狙うのは「さすが」と思う。

 このシアラーの10分の同点PKのもととなったオーウェンのドリブルが、16分に再びアルゼンチンへの衝撃となる。今度は倒されないでドリブルし、相手DFをかわしてシュートしたのだった。

 この日のイングランドの布陣は、DFがG・ネビル、アダムス、キャンベル、その前にインスがボランチ役、MFは右から攻め上がるアンダートン、左がレフティーのルソー、中央がスコールズとベッカム。FWがオーウェンとシアラー。

 守りではキャンベルがバティを、ネビルがロペスをよく防いでいた。ただし、相手アルゼンチンの攻撃はMFのオルテガとベロン、それに左サイドのシメオネの上がりがあって、インスもアダムスも応対に忙しい。オーウェンのゴールは、インスの見事なボール奪取から始まっている。



インスの守りからの反撃



 (1) 相手がサネッティ→ベロンとつなぎ、左よりベロンから中央25メートルのロペスにパスが出るのをキャンベルがタックル(パティは左に展開)。(2)ロペスは立ち止まって、巧みにボールを奪い返しシュート位置へ向かおうとする。(3)それをインスが駆け戻って体を入れ、奪い取って反転し、すぐ前方のベッカムへ。(4)ベッカムは半身で受けて小さくドリブルし、ベロンが奪いにくるより早く、右足でオーウェンに渡した。(5)オーウェンは落下するボールを右足のワンタッチで前へ転がした。(6)併走するチャモのコースを横切って右斜めへ抜けだし、(7)中央で待ち構えるアジャラを右へ大きく外して、エリア内に入り、右斜めからズバリと右足で、左上隅へシュートを決めた。

 手順を書くとこうだが、ハーフウエー・ラインから少し入った、ほぼ中央で後方からのボールを受け、ボールの勢いをわずかに殺しつつ、そのボールの流れ通りに左前へ走った。こんどは右へスワーブを描いて、チャモのコースへ入って、右へ移行。つぎの相手のアジャラの前方5メートル当たりで、左足の踏み込みでフェイントをかけ、その地面への蹴りと同時に右足アウトでのタッチでボールを大きく右に動かし、一気にアジャラを振り切った。

 自らのスピードを生かす方法を知っている天性のドリブラーの、スピーディーで華麗なゴールは、かつてアルゼンチンのマラドーナが86年にイングランドを相手に演じた5人抜きの「完成された功緻」とは違った、目も眩むような「若々しさと勢い」があった。

 そしてまた、オーウェンへ送ったベッカムのパス。相手MFの頭を越えてオーウェンの足元へピタリと落下させる柔らかい右足のキックに、イングランドサッカーの技術の進歩があった。


(サッカーマガジン 1999年8/11号より)

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