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負け試合を自ら演出したイングランドの不幸

ベッカム「赤」、シメネオ「黄色」



 テレビを見ていただれもが、オヤッと思ったろう。

 アルゼンチン対イングランド戦の後半が始まってすぐ、シメネオに倒されたベッカムにレッドカードが出されたのだ。

 45分を過ぎてからのFKの得点でアルゼンチンが2−2に追いついたファーストハーフのあと、イングランドのキックオフで始まった後半。互いに長いパスを一本ずつ、相手に献上するやりとりがあって、今度はアンダートンがオーウェンへ縦に出すのを、また相手がはじき返す。それをアダムスが強くヘディング。ボールがアンダートンを通りすぎてベッカムへ渡るとき、ベッカムの背後からシメネオがすごい勢いでぶつかって倒した。そのあと何があったのか…。

 スロービデオは、倒されたベッカムが芝生に伏せたままの状態で右足を振り上げると、彼の右横に立ち上がっていたシメネオの左足に当たって、今度はシメネオがバランスを崩しながら、何か叫ぶ様子を映し出した。ちょうどすぐそばに、ニールセン主審がいた。

 なるほど、これでレフェリーは報復行為とみて「赤」を出したのか、と思ったとき、もうひとつの角度のスローのリピートは、シメネオがまったく真後ろから、しかも自分は半身になって左ヒジを固めてベッカムにぶつかるところと、相手の上にいっしょに倒れて、起き上がるときに左手をベッカムの背中に押し当て、それに重心をかけて、ねじるようにした動作をも見せていた。

 まったく無防備の背中にぶつかる反則でも、足にゆくタックルは、この大会から「一発退場」となったが、上体へぶつかるのに対しては、比較的甘い。手や腕を伸ばすと、プッシングで厳しくとる場合もあるのだが…。そういう判定の機微に通じているのかどうか、シメオネのファウルは、さすがにセリエAでもまれている…という感じ。彼には「黄色」が出ただけだった。

 それに対して、報復行為と見られたベッカムの「足」はまことに「他愛ない」ものに見えた。シメオネが相手を倒して、その上にのしかかり、その背中に手をついて立ち上がる一連の動作に、ベッカムを兆発しようとする意図があったのかどうかは別として、相手の反則のあと、それほど強い報復でなく、「いいかげんにしろよ」という程度に、軽く相手の肩を押しただけで、レッドカードが出た例は、ワールドカップでも80年代から見てきた。

 振り上げた足が相手に当たった瞬間、ベッカムは「しまった」と思ったに違いないが、もはや万事休す。今のルール解釈なら正当な判定であるにしても、楽しいサッカーを見たい者にとっては、まことに味気ないレッドカードだった。



10人で75分間無失点



 もっとも、戦う選手や監督は第3者のように嘆くひまはない。

 イングランドのホドル監督は、10人で戦うための布陣を指示し、選手は、まず守りを確認し、カウンターあるいはFKやCKで得点を奪う構えに入る。

 それからの45分間は、まことに壮絶。1人多いアルゼンチンの攻める回数が多いのは当然ながら、それを食い止めるイングランドの守りの見事なこと。

 そして81分に、オーウェンに対するビバスの反則によるFKから続く左CKのチャンスに、キャンベルが飛び込んでへディグし、ゴールにたたき込んだ。だが、主審は反則と判定した。高いボールが落下してくるときに、GKロアと競り合ったシアラーの腕がロアの腕を押さえたのが、スローでも映っていた。

 延長に入ってアルゼンチンのシュートは8本。イングランドは3本。アルゼンチンの攻撃は、伝統的なシュートパスとドリブルの組み合わせ。人数の余裕を生かしてサイドから崩してゆくとう着意には乏しく、インスをボランチとするイングランドの中央部を崩せずに終わる。



二度あることは三度…



 ベッカムの退場の不利を耐え忍んだイングランドに待っていたのはPK戦。90年イタリア大会の準決勝、96年の欧州選手権の準決勝で、ともにPK戦でドイツに敗れた苦い経験を持つイングランドだったが、今度も「三度目の正直」ではなく、「二度あることは三度ある」となってしまう。

 先に蹴ったアルゼンチンが、左利きのベルティ(91分にシメオネと交代)が決め、クレスポ(68分にバティステュータと交代)が失敗したあと、ベロン、ガジャルド(68分にG・ロペスと交代)、アジャラが決めたのに対して、イングランドは、まずシアラーが決め、インスが失敗。マーソン、オーウェンが決めたあと、5人目のバッティがロアに止められて、合計4−3でアルゼンチンがPK戦を制した。

 クレスポとインスの失敗は、どちらも右足のインサイドキックで右を狙って止められたもの。2人ともサイドキックでサイドネットを狙うには、ボールへ入る角度が浅いため、相手GKの届く範囲へ蹴っている。バッティは右足で左上を狙ったが、ボールはスミへ飛ばず、ロアのリーチの内。ヤマをかけてジャンプしたロアは手を伸ばすのではなく、後ろへ突き出すようにして防いだ。バッティはPKを蹴ったのが初めてだった。

 イングランドは自ら負け試合を演出した。


(サッカーマガジン 1999年8/25号より)

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