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エクスレバンへのドライブ車中で語るPK戦のオーダ
バレエの先生との会話
「今日中に帰れないかもしれません。」ハンドルを握るTさんは言う。
98年の7月2日、昼間にマルセイユを出た車はすでに国道A7号線を200キロ北上してバランスで右折し、A49号線を走っていた。
フランス・ワールドカップは、6月30日でベスト8が決まり、2日の中休みを経て、7 月3日から準々決勝に入ることになっていた。
ボルドーでの6月30日の試合を取材し、7月1日にマルセイユに戻ったわたしは、この日エクスレバン…あの日本代表チームがグループリーグの間、キャンプ地として滞在していた…を訪れようとしていた。
もちろん、すでに日本代表はフランスを去ってはいるが、岡田監督や選手たちがいる間に訪れる機会がなかったために、日本サッカーにとっての記念すべき地を見ておきたかったのと、市の関係者に会って、多くのメディアの仲間が世話になったお礼も述べたかった。マルセイユ在住の友人Oさんのおかげで、この日は市長には会えないが、市の官房長のフィリップ・ヴェリナス氏とのアポが取れていた。
行程を自分なりに考えていたところ、Tさんが自分の車で、と申し出てくれる。氏はバレエの先生で、1972年に渡仏して有名なローラン・プチに師事し、そのままフランスで４半世紀も暮らしている。エクスレバン近くへはバカンスで出かけることがあり、道筋もよく知っているからと言う。願ってもない話と、往復800キロのドライブのスタートとなった。フィリップ官房長とのインタビューの通訳をしてくれるOさんは後ろの席でくつろぎ、わたしは助手席で地図を首っ引きで風景を楽しむ。
経験豊富なドライバーのTさんは、サッカーについて語り、わたしにも鋭い質問を浴びせる。なにしろ、フランスでも町中が“OM”…クラブ・オリンピック・マルセイユのファンである地に20年以上住んでいるだけに、ジダンをはじめとするフランス選手の消息に通じているのはもちろん、サッカーの技術を見る目も確かだから、こちらもつられて、つい話に身が入る。
PK戦は運、不運だけ？
そして話は６月30日、アルゼンチン―イングランドのPK戦に及ぶ。
「あれは、やはり心理的な要素が大きいのだろうネ」
“ワールドカップに出てくるレベルの選手なら普通に考えれば、だれにもジャマをされないで蹴るPK戦は、キックを成功させるのが当然ですが、そこがやはり人間で、いつも通りにゆかないものです。
アマチュアのプレーヤーであったわたしの選手時代にPK戦はなく、PKといえば試合中の相手のエリア内での反則で生まれるだけでした。それでも、すべてがストップして、ここだけに両チーム、スタンドの目が集中するPKは特別なもので、仲間うちで最も実力があり、シュート能力の高い者でもPKはイヤで、チームではボクがPKをよく蹴ったものです”
「あなたは、心臓が強かったのでしょう」
“どちらかと言うと、練習でよりも試合の方がうまい…と言われたものです”
「舞台度胸というヤツですネ」
“PK戦では、キックの順番が大切とわたしは考えています。5人ずつ蹴ってゆくのに、まず先頭のキッカーが重要なのは、どのチームも考えます。しかし、例えば相手の２人目が失敗、こっちは成功してリードしたと思うと、今度は仲間の3人目が失敗してイコールとなる…そんな経過に一喜一憂してゆく、ラストのキッカーはよほどのコントロール･シュートの持ち主でないとダメでしょう。
西ドイツ代表チームは1976年の欧州選手権の決勝のPK戦…このときに初めて公式の大会でPK戦が採用されたのですが、チェコスロバキアと争って、西ドイツの最後のヘーネスが失敗して敗れました。ヘーネスは中盤の素晴らしい選手ですが、74年のワールドカップでも試合中のPKに失敗しています。この76年の失敗以来、西ドイツ（ドイツ）代表はワールドカップや欧州選手権のPK戦をすべて勝っているのですが、最後のキッカーにストライカーを置いています。
イングランドは90年ワールドカップで西ドイツに、96年欧州選手権でまた西ドイツにPK戦で負けていますが、いずれも一番あとのキッカーの失敗、いずれもMFかDFの選手です。
DFの選手でも、西ドイツのブレーメのようにPKの上手な選手もいますが、平均すると試合中にゴールに向かってシュートする回数は少ないはずです。90年は4人目のピアース（DF）、5人目のワドル（MF）が失敗、96年は6人目のサウスゲートが防がれています。
6月30日も、途中で互いに一人ずつ失敗し、アルゼンチンの5人目アジャラが成功したあと、イングランドのバッティがが防がれました。
イングランドでは、PK戦を『運』のものと見ているようですが、ワールドカップで82 年に導入されてすでに16年経っているから、もう少し、なぜPK戦で3連敗するのか考えた方がいいと思うのです”
…ぼつぼつ昼食にしましょう、後ろの席から声がかかる。
「少し先にレストランがあるハズです」
(サッカーマガジン 1999年9/1号より)