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港町マルメ試合前夜の平和と騒乱

 スタンドからボールが落ちた。陸上競技のトラックをこえてフィールドに入ったのを、一人の警官が拾って、パントキックでスタンドへ蹴りかえした。

 1992年6月14日、日曜日、午後4時30分、マルメ競技場…EURO'92の1次リーグA組、フランス対イングランドの開始(午後5時15分)まで45分あった。

 例によって記者席のあるメーンスタンドからみると、右手のゴールのうしろがイングランドのサポーターたち。どういうわけか、わたしが観戦するイングランドの試合ではサポーターたちは、いつも、メーンからみて右手のゴールうしろだったし、あの悲劇のブリュッセル・ヘイゼル・スタジアム(実際に取材していないが)のときも写真でみると、やはりそうだった。この日の変わったことというと、ユニオンジャックやイングランドなどの旗が、スタンドで振るのでなく、トラックにいっぱい広げられ、並べられていること。風で、その国旗がゆがむと、警官がちゃんと伸ばしていたのには感心した。感心しながら、「イングランドのサポーターの人権を尊重し、柔軟な対応をしようとしたスウェーデン警察は、きょうから、どのように彼らに接するのだろうか」…と。



地下レストランの粋なメニュー

 12日にノルチェーピンで取材したわたしは、13日に、ストックホルム経由で、再びマルメに来た。前夜は、予定していたイングランドの練習が取り止めになったこともあって、中心街のストートリエット広場や、ソドラ・フォルシュタット通りを散歩し、広場では市庁舎の地下にあるロードフスケラレンというレストランで食事もした。

 ケラレンはドイツ語のKeller(ケラー)、英語のCellar(セラー)で地下室。Rad(ロード)はおそらくドイツ語のRats(市役所)だろう。時計台のある立派な市庁舎の、かつてはワイン酒倉だったのかもしれない。

 はいってみたら、テーブルはほとんどいっぱいで、なかなかの繁盛ぶり。そのざわめきのなかで、親しいライターやカメラマンたちとの食事は、久しぶりにゆったりとした気持ちになった。

 気に入ったのはメニュー(献立表)そのもの。A3版二つ折りの大型で、表紙にはボールとスウェーデン代表チームの写真、中の見開きはサッカーのフィールドが描かれ、メンバーの代わりにメニューを印刷、左のページがスウェーデン語、右のページが英語で書かれている。傑作なのは、フィールドの周囲に試合会場の置き看板と同じように広告を並べていたこと。

 3種類ばかりのチョイスから、わたしは、アペタイザーに「セルビア風豆スープ」と「温いローストビーフとベークド・ポテト」を選んだ。仲間たちは「ハムとメロン」や「ポークのヘレのグリル」などを注文した。どれも、とくにスウェーデン風ではないが、一人前120Kr(クローナ)=2724円という値段からみて、十二分に満足のゆく味だった。



広場のテントでビールパーティー

 市庁舎前の広場には大きなテントが張られ舞台では音楽を奏し、カウンターでビールが売られていた。サポーターへのサービスという。

 こんどの大会でも、イングランド、ドイツ、オランダからやってくるフーリガン(暴れん坊)対策が問題になっていた。スウェーデン警察は4億3700万円の予算を安全対策にかけ、試合場周辺の金網を設置し警官を大量に動員しているが、基本的には、フーリガンをはじめから力づくで押さえこむのでなく、柔軟に対応する考えだった。

 この広場のテントもそのひとつで、彼らを市民から隔離するのでなく、安いビールを提供し、歌い、ダンスを楽しんでもらう狙いだった。

 もちろん、広場には戦闘服を着用した警官隊が配置されていた。この夜のマルメは、わたしたちが食事をすませ、広場のテントでビールを飲むイングランドのサポーターたちを眺めて、ホテルに引きあげるまでは、まことに平和だったが……。



フーリガンはやはり暴れる

 ホテルでぐっすり眠ったわたしは、翌朝のテレビで事件を知る。

 午後11時、2人の若者が大テント屋根の上にあがる。酔っぱらっての悪戯と、警官隊が降りてくるように呼びかける。

 二人が地面へとびおりると同時にテントにいた70人ばかりのイギリス人がビールのカンやビンを警官に向かって投げはじめ、みるみるその数がふくれあがると、彼らは広場の一角の商店のショウウインドウに自転車を投げつけ、増強された警官隊の隙間をついて、走り出したフーリガンは中央駅の向かい側のサボイホテルのウインドウを破り、自動車も破壊した。

 さわぎは15分ほどで警官隊によってコントロールされたが、みていた人は1時間くらいに感じたほどだったという。

 テントの屋根から二人がとびおりたときに笛が鳴り、それが騒ぎをはじめる合図だった、というのが、英国から出張してきている警察関係者の話。彼の言うところによると二人のうち一人はネオ・ナチ組織のメンバーという。

 フーリガンは、決して偶発的でなく、騒ぎはアジテーターの指示によって計画的に起こるというのが、これまでの英国の関係者の意見。こんども、スウェーデン警察の“柔軟”策で防げなかったことに、大きなショックをうけた…と、テレビや朝刊は報じていた。

 イングランドのサポーターたちの拍手が大きくなった。午後5時9分、選手たちがはいってきた。

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