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世界最高のショウをストックホルムで

サーモンのバター焼き

 太ったウェイターが、サーモンの(鮭)のバター焼きを運んできた。ジャガイモが丸のままで一個、いいにおいだ。

 ストックホルムのホテル・アマランテン、その一階のレストラン、"ブラジリア"で私は夕食をとっていた。

 1992年6月16日、ヨーロッパ選手権は前日で1次リーグの第2戦までが終わっていた。

 その2組のオランダ対CIS(旧ソ連)をイエーテボリで取材し、この日の午後の飛行機でストックホルムに戻って、17日の1組第3戦スウェーデン対イングランドを見る予定にしていた。11日の朝にこのホテルを出てから、マルメ、ノルチェービン、マルメ、イエーテボリととび歩いたあと。各地とも一泊ずつ。この日、夕方にホテルに着くなり下着を洗う仕事があり、またプレスセンターで原稿を送ったりしたから、市内へ出かけて食事する気にもならず、ホテルのレストランでの夕食となった。

 サーモンといえば、今や日本ではカナダやアラスカのキング・サーモンが有名だが、スウェーデンでも鮭は魚の王様、文字どおりキングなのだ…という話を、むかし船乗りだった叔父から聞いたことがある。そういえば、スウェーデンのジョークに、こんなのもあった。

 "ローマとストックホルムで同じなのは?"

 「自動車の洪水」

 "それで違うのは"

 「ローマのドライバーは、美しい女性を見れば止まる。ストックホルムのドライバーは、美しいサーモンで止まる」



公用車のドライバーはボランティア

 スープとトマトサラダあわせて220クローナ(5000円弱)のサーモンを舌の上にのせながら、広げた手帳に目を移す。

 "EM'92の車で空港へ。2時にホテル発"と…。イエーテボリのホテル・スカニック・クラウンは大会のオフィシャル・ホテルでUEFA(ヨーロッパ・サッカー連合)の役員たちも泊まっている。そのためのサービス・カウンターがあったので、なに気なく「空港へ移動するのだが、バスはあるのですか」と聞いたら、係りの女性二人が相談して飛行機の時間を聞き、午後3時30分発のSK164便なら、午後2時に車を出します、といってくれた。

 ありがとう、と乗ってみたら、これは大会の役員用の車で美人の女性ドライバー。スウェーデンのボランティア部隊の一人でこの大会では、ドライバー兼、役員の接待係で奉仕しているのだという。

 空港までのドライブ中、彼女が語るのによると、大会に動員される3600人のうち、2000人がボランティア。スタジアムでの入場者のモギリをする紳士もあれば、自分のような仕事をする者もあるとか。"こういう奉仕活動は、自分の母親がしていたので、私も、グループに登録し、自分が何ができるかを届けておいて、それぞれの指令によって動く"のだそうだ。"こういう仕事を通じて、知らない国の人と話ができるだけでも楽しいのです"。ニコニコと語る彼女に、福祉国家スウェーデンの本当の意味が理解できた気がした。

 私たちは福祉という言葉から、市民が公共から受けるサービスだけを考えるが、ここでは市民もまた公共へのサービスを心がけているのだ。



ファンバステンの幻のゴール

 手帳のメモは、その横に、オランダ0−0旧ソ連…とあり、私の頭はサッカーにひき戻される。

 そう前日はオランダが、見事な攻めを展開しながら、結局、得点なしに終わった、とあらためて思いだす。

 ファンバステンやライカールトを始め、188cm 以上が3人、184cm 以上が4人、180cm が1人、177cm 2人、175cm がひとりのオランダの巨人たちに対して、CIS(旧ソ連)は、まずしっかり守りを固め、時々カウンターに出るという守備作戦をとった。

 彼らのやり方は、サイドでノーマークとなっても必ずしも攻めるとは限らず、80年のベルギーを思わせるトリッキー。オランダのDFが攻めに出て開いているとみれば、一気に中央部をドリブルと早いパスで攻め上がったから、シュートは決まらなくても、ときにオランダのサポーターはヒヤリとしたハズだ。

 そんなCISを相手に、オランダの攻めは、最高のエンターテイメント。例によってフリットが右に、ロイが左に開いて、広いスペースをファンバステンが動き、彼のあとの穴へ、ベルカンプが侵入する。ライカールトはピンチにはゴール前の大事なところにいて、相手ゴール前のチャンスにも絡む。35分に見せた速攻などは、相手の攻めを右エリアでボールを奪い、左のロイを走らせ、そこから中へ、ファンバステンから、ライカールトへと一気にたたみかけ、ライカールトが倒されたFKをクーマンがける。その球の鋭く速いこと。外れはしたが、こちらもウーンと思わずうなってしまう。

 フリットが足を痛めて交代したあと、圧巻は、ファンバステンのダイビングヘッド。右サイドのボウタースから、DFラインの背後へ出たクロスを、飛び込んで、文句なしのゴールと見たが、ラインズマンの旗があがってオフサイドだった。ファンバステンにとっても会心のとび出しとヘディングらしく、しばらくは不服そうだった。

 私も承服しかねるのだが、ともかく、もっともスペクタクルなゴール(得点ではないが)を見たことで満足することにしたのだった。メモの最後にある。オランダ代表は、今世界最高のショウだ…と。彼らがドイツと戦う18日が待ちどおしい。

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