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スウェーデンで味わうJリーグ発足の実感

Jリーグチームの欧州ツアー



 いっぱいになったスタンドは歌声で盛りあがっていた。開催国チームのベスト4進出でサポーターたちの着る“黄色”が誇らしげだった。国際大舞台での準決勝の相手がドイツとなれば、スウェーデンには1958年のワールドカップ開催のとき、西ドイツを3−1で倒した大きな業績があった。こんども相手はドイツ、90年のワールドチャンピオン、彼らのムネははずんでいるに違いない。

 そうした観衆の中に、日本のサッカー選手たちはどこにいるのか…とわたしは双眼鏡でしばらくさがしていた。

 1992年6月21日、スウェーデンの首都ストックホルム。市の北西部の住宅地ソルーナのラスンダ競技場。92ヨーロッパ選手権の準決勝、スウェーデン・ドイツ戦のキックオフまであと30分だった。

 6月18日、イエーテボリでのオランダ―ドイツ(3−1)を見たあと、わたしは19日に再びストックホルムへ帰ってきた。もちろん21日の準決勝が目的だが、もうひとつ、ヨーロッパで練習中の清水エスパルスがEURO92の準決勝観戦と試合のために19日からストックホルムに滞在すると聞いたからだ。

 エスパルスの欧州ツアーはレオン監督はじめ、役員選手20人、ほかにテレビ静岡からテレビカメラマン、プロデューサーが同行していた。6月11日からハンガリーのブダペストで合宿し、4試合した。相手が4部クラスで、どれも楽勝し、ミランジーニャやトニーニョたちブラジル組がどんどん点を取ったが、力の差があって、エスパルス側の守りの練習にはならなかったとか…。


小さな町のクラブ



 彼らの泊るパーク・ホテルで到着を待ちうけ、20日のスケデュールを聞くと、ストックホルムの名門AIK(ALLMANNA IDOROTTS KULBBEN アルモオンナ・イドロッツクルベンの略で、アイコーと呼ぶ)のあっせんで、郊外で練習する。バスが迎えに来る。その練習場はどこにあるかは、バスの運転手が知っているという。ということは、取材するものはバスに乗せてもらうしかない。

 20日の練習はそのバスで1時間近く走ってブロ(BRO)という小さな町のクラブ(BRO IDROTTSKLUBB)で行われた。体づくりに重点をおいているようで、ブラジル体操やランニングに時間をさき、スピードの段階をいくつかに分けての周回でタップリ汗をかく。ターンの練習では、監督が自分の手をさわってからターンをしろと目標がわりに立つ。選手の手抜きを防止とみていたら、タッチしようとした選手の手をかわして笑わせもする。



DFのポジショニング



 ひとしきり体つくりが終わると、あとはFWが攻め、DFが守る攻防の練習だが、この日の狙いはFWあるいは相手のMFが左右やセンターへボールをパスしたときのDFのポジショニングが主だった。相手側のボールが右から左、左から右へ、あるいは中央部へと動くのに対する守備側の位置の選び方が、チームディフェンスの基礎であることはいうまでもない。わたしも、かつてコーチをしていたころ、初めてのチームへゆくと、まずDFラインの動き方をやったものだ。練習のあとで、そのことをレオン監督にただすと「ヨーロッパ選手権の準決勝というハイレベルな試合を見るときに、エスパルスの選手たちは、まず相手方のボールの動きに対して、世界のトップチームは、どのように反応し、どういうポジションを取るかを見て覚えてほしい、そのためにもこういう練習をするのだ」とのことだった。


一人で動かせる車輪つきゴール


 かつてのブラジル代表GK、ワールドカップの経験を持つレオンは、さすがに考え方もしっかりしていると、あらためて感心したが、この日の練習場で、もうひとつ“脱帽”することがあった。

 人口6千の町にあるブロ・IK(ブロのスポーツクラブ)は会員が千人。体育館も持ち、卓球、ボクシング、体操、サッカーなどの種目のスポーツを楽しむ。サッカー場は大人が3面、少年用が2面あって、いいプレーヤーも育つ…。

 シューレ・ボルグルンドという役員さんにクラブの概況を聞きながら、ゴールポストに小さな車輪がついているのに気がつく。フィールドの芝はゴール前が痛みやすいが、ゴールを簡単に動かせば、補修も楽と、彼は一人でゴールを動かしてみせた、位置をきめれば車輪は飛行機のそれのように軸は折りたたまれる。「こんなのも…」とボルグルンド氏は少年用のゴールへ案内してくれる。二本のポストの側面に鉄の棒がとりつけてあってゴールが前へ傾くと、その棒が垂直を保つために支えとなるというわけ。スウェーデンでも少年は、バーにぶらさがるなといっても、誰かがこれをする。そしてゴールが前へ倒れて少年が負傷というケースが絶えず、こうした支えが考え出されたという。

 前日をふりかえるわたしの短いタイム・スリップは、かん声でたち切られる。スウェーデンチームがはいってきた。エスパルスの選手たちはレオン監督の狙いどおりのものを感得するだろうか…、わたしはスウェーデンにいながらJリーグ発足の実感を噛みしめるのだった。

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