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決勝セレモニーのデンマーク国歌に84年大会を思う

84年のサポーター



 女優歌手ハンナ・ボエルが朗々と、デンマーク国歌を歌っていた。これまでは、それぞれの町のコーラス・グループが歌っていたのを、決勝セレモニーの国歌だけは…とデンマーク側が希望し彼女がデンマークから駆けつけたのだった。聞きながら、スタンドを埋めた赤に白十字のデンマーク国旗を眺め、ふと「あのクッキーのオジさんもきているのかナ」などと思う。

 1992年6月26日、'92ヨーロッパ・サッカー選手権最終日、スウェーデン西南部イエーテボリ市ウレッビ競技場は、決勝直前の緊張と華やかさに満ちていた。

 クッキーのオジさんというのは8年前の1984年、フランスで開催された第7回ヨーロッパ選手権(EURO'84)のときに出会ったデンマークのサポーター。リヨンからパリまでのTGV(ティー・ジェー・ビー)…あの日本の新幹線と並ぶフランス国鉄ご自慢の超特急の車内で隣り合わせたデンマーク人。赤白の帽子をかぶり、赤に白十字の旗を持っていた。

 そう、人口500万のこの国がサッカーのヒノキ舞台で注目されたのはEURO'84のとき。予選で強豪・イングランドを抑えて1位となり、本大会に出場、1次リーグでプラティニのフランス(0−1)には惜敗しながら、ユーゴ(5−0)、ベルギー(3−2)を破り、準決勝に進みスペインと1−1。PK戦の末に退いたが、エリケーア、ミカエル・ラウドルップ、レアビー、モアテン・オルセンなどの優秀プレーヤーをそろえたチームは、単純で力強く、それでいて精功なボールテクニックを持ち、驚くべき破壊力をみせた。

 このチームは2年後のメキシコ・ワールドカップでも活躍するが、はじめて見たわたしは強い印象をうけたのだった。そして同時に、フランスへ乗りこんできたデンマークのサポーターたちが、北欧人特有の大きな体と閉鎖音の多い、声高(こわだか)の会話でパリでもリヨンでもマルセイユでも目立ちながら、応援はまことに紳士的で友好的だったのも好ましく思った。

 リヨンでスペインに敗れて帰ってゆく"クッキー屋さん"が"わたしたち小さな国の代表チームが、ヨーロッパ選手権のようなビッグな大会にベスト4に残っただけでも、とてもうれしいことです"と語ったニコやかな顔つきは、いまも忘れることはない。首都コペンハーゲンから離れた田舎で、菓子を製造しているという、このオジさん……。元気だったら、きっとウレッビへも来ていることだろう。



プロ化によるレベルアップ



 デンマークのサッカーは1860年代にイングランドから伝わり、1876年にはコペンハーゲンFCが創設され、サッカー協会も1889年に設立と歴史は古い。オリンピックの第1回のアテネ大会(1896年)にデンマーク選抜がギリシャ代表と試合をしたという話があるくらい。五輪への意欲は強く3度銀メダルを獲得している。国内にプロ・リーグを(長い間)持たなかったため、優秀なプレーヤーは英国やドイツなどに流出していたのだが、こうした国外組を呼び戻してのチームづくりが84年欧州選手権での好成績につながった。70年代後半からセミ・プロ制を導入、さらに1987年からフルタイム・プロも国内で認め、プロ化によって水準向上をはかった。

 英国のスポーツ観の影響で、長くアマチュアリズムを尊重して、オリンピックをめざしたこの国が、国際舞台での輝きを求めてセミプロからプロ化へ移ってきたところは、日本と似た道程だが、国土が日本の11パーセント(グリーンランドを除く)、人口が513万人だからプロといっても、イングランドやドイツや、ましてイタリアのような高い報酬であるハズはないが、それでも契約によって、ある程度の選手の国外への流出は歯止めができる。そしてまたクラブのレベルがあがって、欧州のカップ戦でいいところへゆけば、入場料収入も、テレビ収入も増える。フルタイム・プロを導入したブレンビー・クラブは91年のUEFAカップで初めてペスト4に進んでいる。

 国は小さく、人口は少なくても、古くからサッカーが盛んで、また施設も充実している上に、北方ゲルマン民族で平均して長身で頑健、体に力があるものが多いからスポーツの資質に恵まれている。



ダビデが巨人?



 そうした背景を思いながら、記念撮影をはじめる彼らの体つきを見る。スターティング・ラインアップのうち、5人が外国のプロ(イングランド、イタリア、トルコ各1、ドイツ2)、彼らの身長は180cm以下は1人。188a以上が5人もいる。サッカー大国のドイツは、180cm以下は3人、188cm以上は1人。ヨーロッパでは、小国と大国の試合を聖君のダビデが巨人ゴリアテを倒す話と結びつけて、今回もデンマークをダビデになぞらえているが、実際に戦う選手は「ダビデ」の方が巨人であるのが面白い。

 スイス人のレフェリー、ブルーノ・ギャラー氏にホイッスルが鳴っていよいよ決勝、ドイツ対デンマークがはじまった。

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