賀川サッカーライブラリー Home > Stories > >イングランドの勢いを止める老獪アルゼンチンのFK

イングランドの勢いを止める老獪アルゼンチンのFK

負けてもオーウェンが1面



“1面はPK戦の最終キッカーでなくて、オーウェンか”ーレキップ紙のフロントページの写真を見ながら、彼のドリブル・シュートの“衝撃”の大きさを思った。

 1998年7月1日、ボルドーからマルセイユへ向かう車中で、わたしは例によってメモを読み直し、駅で買った新聞と合わせ見ながら、ノートに書き加えていた。


ーそう前日、6月30日にサンテチエンヌで行なわれたアルゼンチン対イングランド。PK戦の末にアルゼンチンが勝ったのだが、フランスきってのスポーツ紙のフロントページを飾ったのは、敗退したイングランドの2点目、マイケル・オーウェンの、それもシュートの場面ではなくドリブル突破のシーンだった。


 アルゼンチンのゴール側から狙ったらしいこのフォトは、白ユニホーム(紺えり)、白のショーツのの20番のオーウェンが、左足で地面を強く踏んで自分の進路を右へ転換しようとしているところ。写真左には、長身の紺のユニホーム、3番を着けたチャモが追っている姿。前夜ホテルで見たテレビのEURO SPORTSのスローの記憶では、おそらくオーウェンは追走するチャモの進路を横切り、このあと待ち受けるアジャラをかわすところだろう(アジャラは写真には入っていない)。オーウェンとチャモの2人のクローズアップ。緑の芝を左足でしっかり踏んで、右前へ(写真では左へ)出ようとするオーウェンを懸命に追うチャモ(彼の視線はボールに)の構図は、見飽きることがない。


 PKの最終キッカーという勝利を決定した“証拠写真”でなく、この大会で世界に登場した新しいスター、マイケル・オーウェンのイキイキとしたプレー、衝撃的ドリブル・シュートを第1面へ置くのに、編集のスタッフに異論はなかっただろうと思う。


チャモとドリブルの因果

 オーウェンに突破された最初のDFがベテランのチャモであったことで、わたしには別の記憶が甦る。


1995年1月、サウジアラビアでの第2回キング・ファハド杯インターコンチネンタル選手権大会の第2戦でアルゼンチンと対戦した日本代表は1−5で完敗したのだが、その大量点のきっかけを作ったのが、左サイドを攻め上がってくるチャモだった。


 初めのうち、ボールを回して攻めても、日本に防がれ得点できなかったのが、チャモの個人的なドリブル突破で日本の守りを崩してから、チャンスがどんどん生まれて大量点につながった。この試合は日本にいてテレビで見ただけだが、リーチのあるチャモが“このテなら崩せる”という感じをつかんだのが、画面からよく見えたものだ。

 この試合は、日本代表に加茂周監督が就任して2試合目。同大会の第1戦(対ナイジェリア、0−3)に続いて、力の違い、特に1対1の差を実感したものだった。その差を埋めるためにゾーンプレスが浸透し、フランス大会出場への足場をつくるのだが、その日本にニガイ薬を与えたチャモ、セリエAのラツィオで活躍する29歳の練達が、18歳の新星にしてやられるとは…。


手の込んだトリックプレー
“恐るべき18歳”のゴールのあと、イングランドの勢いは強く、2−1で終わりそうな前半が、ロスタイムでのアルゼンチンの見事なトリックプレーで同点となる。

 クラウディオ・ロペスに対するキャンベルのホールディングで、ペナルティー・エリアすぐ近くでFKのチャンス。20メートル正面やや右寄りの位置のボールにバティステュータが後方に、べロンが深い角度でやや左に、ボールのすぐそばにシメオネが立つ。

 イングランドの壁は5人。そこにアルゼンチンの2人が並ぶ。

 バティがシュートした。しかし、スイングの形だけして左へ通り過ぎる。と、べロンがそのあとに続き、サイドキックでボールを右前へ。そこにはサネッティがいた。壁の左端に近い、イングランドの4人目と5人目の間にいたのが、示し合わせて右へ移動していた。

 まったくノーマークでパスを受けたサネッティは右足で止め、左足インステップでゴール左上へピシャリと決めた。

 バティという強烈なシュートの持ち主をオトリに、守る側の意表を突いた見事な連係。

 94年大会での3位決定戦でスウェーデンが演じたトリックと形は似ているが、今回はキッカーの位置に、バティ、べロン、シメオネといった“役者”を揃えただけに、やや手が込んでいた。イングランド側にすれば、サネッティの移動にだれも注意が向かなかったのは一瞬の空白というべきか…。

 考えてみれば、アルゼンチンの最初のゴール。PKはシメオネのうまいジェスチャーでレフェリーが乗せられたと言えなくもない。

 イングランドから移入されたアルゼンチンのサッカーが急速に盛んになったのは、イタリアからの移住者の急増期から。相手を惑わす所作、ジェスチャーといったイタリア的素養は彼らの“地”であるかもしれない。

 若いオーウェンやベッカムに代表されるスピードと勢いで2点を奪ったイングランドが、彼らの“芝居”に同点に持ち込まれる。まこと、サッカーは面白い。

↑ このページの先頭に戻る