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ビルバオで見付けた大会14都市のポスター。その描き出すものは

6月17日(木)〜6月18日(金)ビルバオ〜セビリア

 1982年6月18日、私はセビリアのホテル「ロス・レブレーロス」の理髪室にいた。仕事が立て込んで髪が伸びたまま日本を出たため、スペインの暑さが骨身に応えて、ホテルに着くなり、やって来たのだった。

 この日は、ビルバオを8時30分のAO(アビアコ)航空101便で、マドリッドへ出て(9時20分着)。マドリッド発、11時25分のIB(イベリア航空)013便で、セビリアに12時半に着いた。ホテルは、サンチェス・ビスフアン競技場のすぐ前で、レブレーロスというのは、レブレーロ(猟犬)の複数。ホテルのマークは、グレーハウンドの顔が二つ。L(エル)とR(アール)が並ぶこのレブレーロスは、日本人には、厄介な発音。空港からのタクシーの運転手は、何度も自分で唱えて私の発音を直してくれた。

 理髪室の椅子で、ロス・レブレーロスの発音から、前日ビルバオでもプレス・ミーティングで会った同市の経済界の大物バレナ氏に、いきなり「私の名はBARENAであって、BALLENA(=鯨)と違う」と、念を押されたことを思い出した。


エキスポ・バスク

 6月16日にイングランド─フランスを見た後、翌17日もビルバオに滞在した。始めはビルバオの東にある、ピカソの絵で有名なゲルニカ村、西方の、古代人の壁画で知られるアルタミラの洞窟を見たい──等と計画してみたが、結局は時間が足りない。で、市の中心にある我がホテル「カールトン」付近をブラブラする。その手始めが、グラン・ホテル・エリシリアでのプレス・ミーティング。同じ四ツ星だが、カールトンより、近代的で、ロビーも広く、記念品の売店なども揃っている。ミーティングは、5,60人。記者と大会、球場関係者。英国の通信社の記者にキーガンの故障の様子を聞いた。例の「鯨」でないバレナさんは、「大阪ならよく知っている。万博にも行った。ビジネスでも行った」という。彼が鯨にこだわったのは、この地方が古くから捕鯨が盛んだったからかもしれない。ついでながら、マゼランの世界一周航海の際にマゼランが死んだ後、残った船を指揮してスペインへ戻り、世界一周を完成させたエル・カノもバスク人だ。

 競技場の隣りに、エキスポ・バスク(バスク博)と名付けて、産業博がオープンしていた。「場内の撮影は良いか」と聞くと、「どうぞ、どうぞ」とどっさりパンフレットをくれる。バルセロナや、マドリッドでは、ワールドカップとドッキングして、多様な文化行事が計画され、アリカンテでは火祭りも準備しているらしいが、工業都市ビルバオは「万博」。

 展示場は一階が機械類。二階が手芸品、食品、電気、繊維など。この地方の背後のカンタブリア山脈の南側はぶどう酒がご自慢で、そのぶどう酒の展示の壁にワールドカップの絵が掛かっている。24カ国のお国振りを表す、カリカチュアで、係りの女性に「これのオリジナルが、あれば買いたいのだが」と言ったら「オリジナルはありませんが、同じプリントならあります」と、一揃えサービスしてくれた。

 クラフトでは、象眼が知られていて、その模様はバスク独自のものがあり、中には卍(まんじ)に似たものや、丸に十字のシンプルなものなど、日本の感覚と通じるものがある。


14会場のポスター

 競技場とホテルの中間辺りにワールドカップのインフォメーションセンターがあった。中に14会場のポスターが全て陳列してあった。

 ワールドカップのポスターは、オリンピックのポスターと共に、魅力あるスポーツコレクションだ。1930年、第一回大会以来の公式ポスターの複製が、このほどアメリカで作られ販売されることがFIFAニュースに載っていた。限定版で12回全部で30万円になるという。私にとって惜しいのは74年の西ドイツ大会のとき、公式ポスターとは別に連邦政府が芸術家達に共作させたのをフランクフルトで、数種類手に入れながら、帰りの飛行機(バンクーバー空港)の中に置き忘れて、ついに失ってしまったことだ。

 今度もミロの公式ポスターの他に14都市のポスターが作られると聞いてマドリッド、バルセロナのプレスセンターで訪ねたが、一向に要領を得なかった。その現物をやっとビルバオで見ることができた。

 このポスターは大会のロイヤリティーを引き受けている、ウェストナリー社が計画し、欧州の作家に依頼したもの。それぞれに工夫があるが気に入ったのを描き出すと…。

 ビルバオを表すポスターは「クリアランス」。作家、E・チリダは、レアル・ソシエダのGKだったが、膝の故障でプレーを止めた。彼のゴールキーピングに対する欲求の表れだろうか。画面に大きな拳が描かれ、左上のボールをフィスティングしている。そのボールは、BILBAO(ビルバオ)の字の集合。

 アルゼンチンのグループ会場となったアリカンテのポスターは、ボールにインキを付けて、階段から落としたバウンドが、虹色の緑をバックに人の形を表している。フットボールによって作られたフットボーラーということなのか。エルチェは有名な「エルチェの貴婦人室」。つまりスペイン古来の芸術に、外来スポーツのサッカーを組み合わせている。ヒホンのポスターはゴールネット。サッカーで最も重要なゴールをシンプルな図柄で表している。

 ラコルーニャは、この町の特徴である一角の建物と、多数のサッカーの写真の組み合わせ。その写真の一つ一つの表情から、プレーの意味や選手の名を思い出すだけでも時間の掛かる楽しみになる。オビエドは作家P・バリ氏が彼の好きなプスカシュのテクニックを再現した。マラガのポスターを作ったフランス人のトボルは、ヘディングと、カップとの組み合わせ。ヘディングしている選手の顔や心が、ボールに向かうのでなく、カップの中に向かっているところを見て欲しいという。

 ブリュッセル生まれのミシェル・フォロンのサラゴサは、サロニカのフィールドと、ボールを組み合わせて大きな人形を描いている。題は「スタジアムの神」。黄金のボールを手にしているのは怪物のようにも見える。中央で光り輝くのは、人ではなく、ボールであるところが、この作品の面白さで、また今のサッカー界を表しているといえる。

 そして、セビリアは、画家A・サウラが、大衆を表現したサッカーという競技でスタジアムに集まる観衆、あるいは選手やチームをサポートする大衆が、作家の興味を読んだのだろう。サッカーを良くも悪くもするのは、あるいは、このグレーで塗られた大衆なのかも知れない。

 それぞれの作者、画家や、彫刻家やグラフィック・デザイナー。多種に渡る分野の芸術家達が、サッカーを好む好まないにかかわらず、この競技を理解し、この競技に対しての主張を持っているところは面白く、また羨ましかった。

 この日午後9時からセビリアのビジャマリン・スタジアムで行われたブラジル─スコットランドは、攻撃の応酬で「大衆」を喜ばせ、ブラジルが、ビューティフルゲームの末、4-1で勝った。「大衆」の支持を受けてブラジルが四度目の王座に着くのではないか─。殆どの人はそう思ったに違いない。

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