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ベルカンプのファインゴール、デニス・ローとの因縁
2タッチ目のターン
それは嘆息(ためいき)の出るほどの美しさだった。
試合直後のざわめき、それもスリル満点の攻防のあと、よいものを見たという記者たちの満足感と、それを少しでも早く文字にして送り届けようという緊張感の交錯するプレスルーム。そのモニターテレビに映し出された決勝ゴール。
落下するボールを空中で止め、そのリバウンドを押さえつつ、追走するアジャラを内にかわして右足でシュートした一連のプレーは、デニス・ベルカンプの巧みさと強さがすべて凝縮されていた。
98年7月4日、マルセイユのベロドローム。午後4時30分に始まった準々決勝、オランダ対アルゼンチンは、1−1からオランダのニューマンが退場(72分)したあと、有利になったアルゼンチンにもオルテガの退場(89分)があって、同条件となった2分後にベルカンプの勝ち越しゴールが生まれた。そのあとの5分(ロスタイム4分)を押し切って、オランダがベスト4入りを決め、ブラジルと対戦することになったのだった。
ベルカンプのゴールを再現すると、アルゼンチンが攻め、クラウディオ・ロペスの左からのクロスがバティステュータの頭を捕らえて、ファーポスト側へ落ちたのを、バティステュータをマークしていたF・デブールが取ったところから始まる。
ゆっくりしたドリブルからハーフウェー・ライン手前10メートル、左寄り(タッチラインから15メートルくらい)でロングキック。得意の左足でたたかれたボールは高く上がって、ピッチ上を斜めに飛び、相手のペナルティー・エリア内やや右寄りに落下。
そこに走りこんできたベルカンプは1:落下してくるボールに右足を出して、腰の高さでダイレクトタッチして勢いを殺して、2:地面に落ちたリバウンドを、足のソールのインサイドに当てて左へ方向を変え、3:妨害しようと走りこんできたアジャラの体が勢い余って右に流れるのを、4:左へかわしたベルカンプはゴールエリア右角近くから、2バウンド目からわざと浮いたボールを右足アウトサイドで捕らえて、5:GKロアの右上を見事に抜いた。
1から5の間は2秒そこそこ。最初のタッチで勢いを殺し、追ってくるDFの気配に2タッチ目でソールを使ってバウンドを押さえつつの見事な切り返しで、アジャラの逆を取ったところですでにワザあり。そしてGKの一番取りにくい高いシュートをボレーで蹴った落ち着きぶりには、まったく脱帽というところだ。
“横綱”のパスを決めた若き日
ベルカンプという金髪、長身(188センチ)、俊足、技巧のプレーヤーを初めて見たのは、1992年の欧州選手権大会のとき。フリット、ファンバステン、ライカールト、クーマンといったお歴々のなかで、いかにも初々しい感じだったが、相手の守りを突破する早さとボール処理(シュート含めて)のうまさに驚いたものだ。
この大会の初戦の対スコットランドでの決勝点は、右のフリットからのクロスをファンバステン、ライカールトがヘディングでつないで、ゴールエリア角へ落としたのを彼が走り込んで、ゴールへ蹴り込んだもの。横綱そろい踏みのパスを締めくくったところが記憶に残った。
そのあとも対ドイツの3点目のヘディング、対デンマークの同点ゴールと走り込んできてのゴール奪取に強い印象を受けた。
アヤックスの2軍にいた17歳の頃、ヤセていて強さに欠ける彼を1軍に上げるようにアドバイスしたのがヨハン・クライフだったという。ウイングでプレーし、MFもFWも経験を積み、ランニングの速さと、その高速中でのボール扱いの見事さに威力を発揮していた。
94年の米国大会でオランダがブラジルに敗れた(2−3)ときも、0−2から2−2に追いついたきっかけは左スローインから突進した彼が、相手DFのミスに乗じて決めたゴールからだった。この大会での対ユーゴスラビア戦(6月29日)でも、やはりF・デブールのロングパスを、相手エリア内右でミルコビッチに競り勝って先制点を挙げている。
父親は“金髪の悪魔”のファン
面白いことに彼の名のデニス(Dennis)は、父親が1960年代のマンチェスター・ユナイテッドの名選手デニス・ロー(Denis LAW)にちなんで付けたこと。スペルでnが1文字増えているのは、英語式にするとオランダでは女性になるからだとか。
デニス・ローはマンチェスター・ファンのなかでも、“キング”あるいは“金髪の悪魔”とまで呼ばれた名FWで、意表を突くダッシュやアクロバチック・シュート、そして疲れを知らぬ動きでボビー・チャールトン以上の人気があり、あのジョージ・ベストでさえ「デニスは何でもやってのける」とまで言っていた。
その最盛期をわたしは残念ながらナマで見ていないが、ワールドカップや欧州選手権の取材でラジオ解説者を務めるローとは何度か顔も合わせ、サッカーの話もして、気取らない彼は親しみの持てるスターのひとり。
「ゴールは新たな感動を呼び起こす」とはローが『記憶に残るゴール』のなかで語る言葉だが、先輩デニスはベルカンプのこの日のゴールをどう言うだろう。
わたしはしばらく、ファイン・ゴールの余韻をかみしめていた。
(サッカーマガジン 1999年11/24号より)