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濃霧の6月14日

 霧 ・ キャンセル

6月14日朝、ブエノスアイレスの国内線空港アエロパルケは濃い霧に包まれていた。

 1次リーグを終わって、中2日でいよいよ2次リーグ。その第1戦がこの日、ブエノスアイレス、ロサリオ、コルドバ、メンドーサで展開されるのだった。1次リーグ1組2位のアルゼンチンは2次リーグB組でロサリオを舞台とするため12日と13日はロサリオでの取材用入場券を手に入れるのがたいへんだった。わたしは大会前の予約申し込みの際に、この日はロサリオと指定しておいたので問題はなかったが・・・・・・。

 朝7時前にプラサホテルを出る。受付にいるコンシェルジュ(鍵番)に今夜はロサリオのリビエラホテルに泊まるからといい残してタクシーに乗ったが、霧の徐行運転にちょっといやな予感がする。メンドーサから帰着した12日は霧で到着が遅れたことを思い出す。

 霧はなかなか晴れなかった。2時間も待って、AR709便ロサリオ行きのコールがあり搭乗券をチェックしてくれる。しめたといって見ると、待っているのは飛行機でなく、バス。アエロパルケより霧のうすい(つまりラプラタ河岸から離れている)エセイサ国際空港から飛ぶんだという。

 エセイサ空港へ着いたら、AR709便の表示はあるが、出発時刻はまだわからないという。メンドーサ便が動きはじめて、ロサリオ便はいっこうに気配がない。これでは、たとえ飛ぶことはできても、ブエノスアイレスやメンドーサの試合をテレビで見る時間もないと判断して、キャンセルすることにした。1泊のつもりで荷物をチッキにして預けてあるのを、自分で探し出してきて、それも受け取りたいと申し込む。こういうときは、ここの人たちは、日本のように“流れ作業”ではないから、一人の受付嬢に頼みこんだら、搭乗券のキャンセルから、荷物の取り出しまで、全部その人にやってもらわなくてはならぬ。5分ばかりの間、1人のカウンター嬢を確保して手続きを終わり、荷物を取り戻したのが12時。寒いのに汗をかいて、空港からタクシーでプレスセンターへとって返す。こういうときには、ちゃんと足もとを見てドライバー氏が2万ペソを要求してくるのを、きょうは値切っているヒマはない。

 プレスセンターでロサリオの入場券をブエノスアイレスの分に変更し、ロサリオのホテルのキャンセルを頼んだのが12時40分。リバープレートへいく最終のプレスバスにようやく乗り込んだのだった。


 2人のベテランGK

 リバープレートでの西ドイツ―イタリア戦(1時45分開始)だって、ナマで見るのはけっして悪くない。前半は西ドイツが攻めに出たのでよけいにおもしろかった。ボンホフのドライブがかかったシュートを見事にキャッチするゾフ。ペテガとロッシに切りさかれた守備陣の後ろで、懸命に防ぐマイヤー。2人の代表的なベテランGKが0−0の引き分けのあと、肩を叩きあった姿がとても印象的だった。

 リバープレートからプレスセンターに帰って、今度はテレビでブラジル対ペルー(午後4時45分開始)を見る。1次リーグでオランダやスコットランドを相手に見事なプレーを演じたペルーが、ブラジルとは相性が悪いのか、まるで冴えない。ブラジルはまたマルデルプラタとはまったく違って、いきいきとして見えた。


 大統領 ・ ケンペス・・・・・・

 ブラジルの試合が終わると、こんどは午後7時15分からのアルゼンチン−ポーランドの試合。プレスセンターのスナックのテレビの前は、ふたたび記者たちでいっぱいになった。

 テレビの画面で驚いたのは、ビデラ大統領の特色のあるコールマンひげが映っていたこと。飛行機は結局、飛ばなかったのだが、300キロの道を車でかけつけたという。

 大統領は選手控え室を訪れ、「飛行機が霧のため飛ばないので車でやってきたよ。間に合ってよかった。健闘を祈る」といったとか。

 こういわれて士気の上がらぬチームはあるまい。ポーランドもずいぶんがんばったが、アルゼンチンの攻撃が上回った。

 そのリーダーはマリオ・ケンペス。CFのポジションながら、大きな動きを加えたのが目についた。1点目のヘディングシュートも、ボールを待ち受けてではなく。ペナルティーエリアを右から左へ突っきって、ロビングに合わせた。2点目の左足シュートは、彼が左前の得意の位置へボールを置いたときは、シュートのタイミングをひとつずらせても、次のシュートを的確にける能力のあることを示した。

 6月14日――霧に悩まされたこの日、わたしの頭の中のアルゼンチン代表チームとケンペスは、霧の中からしだいに、明確な姿をあらわしはじめた。

 イタリア戦で封じ込められたケンペスは、動く範囲を広くすること、疾走を長くすることで解決策を見いだし、同時にアルゼンチン・チームの仲間からの信頼をかちとったようだった。トーナメントの前半に華やかな話題となったイタリアが、この日の西ドイツとの引き分けでやや色あせたのに対し、アルゼンチンは負けても不思議でないほどの苦しい試合をケンペス、フィジョールらの活躍で勝って、いよいよスポットライトを浴びることになった。

(サッカーマガジン 79年1月25日号)

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