賀川サッカーライブラリー Home > Stories > >炎天の戦いの中、仲間の信頼を強固にさせたマラドーナの”マジカル”に脱帽

炎天の戦いの中、仲間の信頼を強固にさせたマラドーナの”マジカル”に脱帽

 マジカル・マラドーナ

 熱いレモンティー(スペイン語でテー・コン・リモン)がおいしかった。1986年6月26日の午後――メキシコ・シティ中心部から西に寄ったところにある、広大なチャペルテペック公園のすぐそば、カンポス・エリセオス通り218のホテル「エル・プレジデンテ・チャペルテペック」の1階にある小さな喫茶店で、わたしは、ひとりでティー・タイムを楽しんでいた。

 大会の報道センターとなった建物のとなりにある「プレジデンテ」は5ツ星。なかにレストランや、高級品店がある。その一隅にあるこの喫茶室は、小じんまりだが、ちょっと高級で、ザハートルテなどドイツ・ケーキもおいている。同じフロアに、雑誌や新聞をおいている雑貨店があるから、ときおり立ち寄り、落ちついたヨーロッパ風の雰囲気のなかで新聞に目をとおしたり、メモをつけたりする。

*   *   *
 
 5月29日に大阪国際空港を出てから、1ヵ月近くたち、5月31日にはじまった“86メヒコ”は6月13日で1次リーグを終わって、15日から18日まで2次戦の1回戦(16チームのKOシステム)、21日、22日に準々決勝と進み、昨日6月25日に準決勝をすませて、西ドイツとアルゼンチンが6月29日の決勝に勝ち残ったのだった。

 わたしも25日は、アステカ競技場のプレス・ルームで、正午キックオフの西ドイツ−フランス戦(グアダラハラ)を眺め、フランスが4年前にスペイン・ワールドカップにつづいて、またまた西ドイツに敗れるのを見た。そして、午後4時から、マラドーナと彼の仲間たちが、自身満々のプレーで「大物キラー」のベルギーを退けるのを取材した。

 その2つの試合を報道する英字紙「ザ・メキシコ・シティ・ニューズ」の見出しは、「フランス フラストレイテッド(FRANCE FRUSTRATED)をトップに、その下に、「ザ マジカル マラドーナ ダズ イット アゲイン(THE MAGICAL MARADONA DOES IT AGAIN)」とあった。記事や、評論家のコメントを読むと、前日のマラドーナのプレーが頭の中にもどってくる。

 そう、マラドーナの“マジカル(魔術のような)プレーや、試合を読む能力は、あるいは、昔の物語風にいえば”鬼神(きじん)のような“体力には、ただ脱帽のほかはない。

 敗れたベルギーのツイス監督の話に「われわれは世界最高のチームに負けたのだ。しかし、マラドーナがベルギーにおれば、われわれが決勝に出ただろう」とあるが、わたしは、マラドーナの力が、仲間たちの力を支え、アルゼンチン代表の1人ひとりがおそらく彼らのベストのプレーを演じるところに、彼のマジカルな力を感じるのだった。


 チーム全員の自信

 ベルギーのキックオフではじまった直後、マラドーナは、相手を追いつめボールを奪った。足がからんで反則をとられたが、相手のボールを奪いにいくところに、この日の彼の積極性があった。といっても、最初の20メートルのFKは、その位置からみて当然、直接狙うとだれもが思ったら、右に開いていたバルダーノへ短いパスを送って、そこからハイクロスを出させたりした。

 イングランドに対する勝利で、チームの士気が高まったのだろうが、エンリケやオラルティコエチェアの攻めあがりのときのタイミングとスピード、マラドーナのキープで“緩”があり、ベルギーのDFラインが立ち止まったときに、タテへ出てくるときのアルゼンチンの選手の早さ、早さだけでなく、スタートのタイミングのつかみ方に、彼らがマラドーナとの強調のコツを覚え、チーム全体に緩と急の変化が身についてきたのが、あらわれていた。

 DFラインを5人で構成し、まず厚く守り、カウンター攻撃に活路を見出すベルギーだが、さすがに、決勝ラウンドで2度の延長を戦ったためか、体の動きが鈍い。体にキレが悪いから、ボールを受けるときに、自分の利き足の、得意の角度のところへボールを置けない。ために、ノーストップにしろ、ワンストップにしても、早いタイミングでパスを出せなくなる。したがって、早いカウンターを仕かけるのがむずかしい。

 圧倒的に攻めながら、そして、いいシュートをしながら得点できなかったアルゼンチンは、後半6分にマラドーナとブルチャガのコンビで1点を奪う。


 守から攻へ

 ブルチャガのシュートがGKパフの正面にとんだあと、パフのキックからクーレマンス→クラエセンが左サイドから攻めこみ、左CKとなる。この左CKをアルゼンチンのDFが大きくクリアし、拾ったベルギーが右から左へ振って、再び左サイドから攻める。そのベルコーテルンの左からのクロスをブラウンがカットしてすぐ前のジュスティへ。ジュスティは右へ開いたエンリケに。若いエンリケはドリブルしてハーフラインをこえ、右タッチラインにいたブルチャガにわたす。ブルチャガは中へ真横にドリブルしながら、右足アウトサイドで、タテに、ペナルティーエリアへパスを送る。マラドーナがベルギーのDF2人と走りながら、ほんのわずかのリードで、左足のアウトサイドでボールをけった。シュートの角度を抑えようと前進したパフの横を抜けてボールはゴールにころがりこむ。

 2度、攻撃を仕かけてきて、守備ラインも開き、分散しはじめたときの、アルゼンチンのカウンターが成功した。中盤からのラストパスへ至るまでの簡単だが効果ある組み立てとマラドーナのチャンスをつかむうまさ。それをささえる左足の早いスイングが、ベルギーの用心深さよりも勝った。


 意表をつくドリブル

 2点目も、相手ボールを奪った直後のドリブルからだった。今度の仕かけはクシューフォだった。ベルギーのスローインからのパスを、クシューフォが左サイドで奪い、一気にドリブルで中央へ持ちあがり、中央のマラドーナにわたす。マラドーナの左にはクシューフォ、ブルチャガ、さらにDFのオラルティコエチェアが並び、後方にはバチスタがいた。攻撃の人数がそろい、パスを出す往路がふえた。と思う間もなくマラドーナは、ボールをうけると、すぐグルンを中へはずしておいて、デモルに向かい、タテに抜いて、ゴール正面に進入する。その右側から妨害にくるゲレツに対し、左足アウトでボールを外へ持ち出し、左斜めへ、ターンし、けんめいに、並走してシュートコースを押さえようとするゲレツより、半歩、前にいる利点を生かして左足が小さく振られボールを叩くと、狭い角度を信じられない正確さでボールはゴール右下すみへ吸い込まれる。名手パフも届かず、またしてもマラドーナのビューティフル・ゴールが追加された。


 CKの守りにみせた“カン”と彼の自信

 彼のドリブルは疾走であっても、将棋の“槍”(ヤリ)のごとく一直線でなく、また、突進は一気のようにみえて、一気でない。走るとみせて立ち止まり、立ち止まるとみせて走る。突破のドリブルをはじめるのかと思えば、パスを出して仲間を走らせ、仲間にパスを出すのかと見れば突破してくる。常に監視し、警戒する、相手の心を読み、裏をかく。この日の彼は、ベルギーの選手たちを自分の掌にのせ、自分の意のままにゲームをつくっていった。

 攻めだけではない。後半、相手左CKのとき、20メートル前にいたマラドーナが、とことことペナルティーエリアにもどって、ゴールエリアに立ったら、なんどCKは彼の位置へとび、胸で止め、外へドリブルしてピンチを防いだ。独特のカンが働いたとしかいいようがない。そうしたマラドーナへの信頼が、チームワークを高めたのだろう。

 後半36分に、マラドーナが、ロングパスをうけて、右ゴールライン際から中へかえし、バルダーノがノーマークシュートをはずしたとき、スタンドからブーイングがあった。マラドーナからのグラウンダーがイレギュラーしたとはいえ、ゴール正面のノーマーク・シュートでバーを越したのだからブーイングは当然だったが、わたしは、それよりも、前方にいたマラドーナより、15メートルうしろの左サイドにいたバルダーノが、ゴール正面は走りこんだことの方に感心した。それはマラドーナがボールを取れば、必ず、パスが出てくるから――という確信にかられてのバルダーノの疾走だったと思う。パスはちゃんと出され、シュートは失敗し、バルダーノは頭を抱えたが、マラドーナは“不満”の表情をみせなかった。炎熱の中での労の多いなかで彼らの信頼は固くなっていくようだった。

 決勝は西ドイツとマラドーナのアルゼンチン。フランスとアルゼンチンという、一番期待した試合は見られないが、まったく、スタイルの異なる両チームだけに、ゲームの焦点がはっきりして面白くなるかも知れない。

 かつてサンロレンソを率いて来日し、いらい日本が好きになったというビラルド監督が、アルゼンチンの熱狂的ファン、マスコミに、チーム編成の経過で、さんざんに、批判され、非難されながら、マラドーナを信じて、ついに決勝へ進んだこと。

 そしてまた、馴染み深いベッケンバウアーが、これまた、故国でも不評の代表チームを指揮してフィナーレの舞台に登場すること―に、サッカーの不思議さ、ナショナル・チームの編成や試合のむずかしさを感じるのだった。

*   *   *

 8月号の“マラドーナの不思議なゴール”(コブシでボールを突いた)について、実はわたしは、前から彼が自分で「ハンドだから、得点ではない」と、あのゴール直後アピールしていたら、どうだったか−と思っていました。得点にはならなくても、スポーツマンとして高い称賛を得たのではないか、とも考えました。

 しかし、こんど南米選手権(コパ・アメリカ)を見て、イングランドなどで育ってきた「スポーツとルールについての考え方」は、南米のプロフェッショナルでは違っている。人と風土によって、サッカーの流儀も違っているように、スポーツマンシップというものも、表し方、うけとり方が違うように思いました。これについては、また別の機会にふれたいものです。

旅の日程

▽6月26日 メキシコ・シティ

↑ このページの先頭に戻る