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束の間の散策で訪れた人類学博物館で古代のボールゲームからの流れを思う

 アントロポロヒア博物館で

「しまったなぁ、もう少し早めに来ればよかったのに・・・・・・」。ガイドブックを探しながら、私は悔(くや)んでいた。

 1986ベルギー6月28日。メキシコ市、チャペルテペック公園にある国立人類学博物館(ムセオ・ナシオナル・デ・アントロポロヒア MUSEO NACIONAL DE ANTROPOLOGIA)のスーベニア・ショップ。各国語のパンフレット、解説書のなかで英文のものの売り切れが多いのに失望しながら、もっと早いうちに、いや、メキシコに到着したときに、まず、ここへ、足を運んでおくべきだった――と思うのだった。

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 5月31日にはじまったワールドカップは、6月25日の準決勝で50試合を終わり、26、27日と2日の休みののち、この日、28日の午後から3位決定戦、フランス−ベルギー戦(4−2、フランスの勝ち)を行った。

 本来なら、プエブラまで出かけるのだが、この日の3位決定はホテル・スリバンの自室でテレビ観戦し、午後から、このムセオ(博物館)へやってきたのだった。

 博物館は、その入り口、レフォルトマ大通りのところに、雨の神トラロックの石像が、まず、その巨大で不思議な表情で私たちを導いてくれる。

 入場券を買い、カメラを預けて見学にはいると、1階が古代インディオの世界。12室にわかれていて、まず最初の部屋で、人類について、入館者の頭を整理してくれる。ついで第2室でメソアメリカ(中部アメリカ)の古代文化の概略を、第3室でアジア大陸からアメリカ大陸への人類の移動などについてが、巧みな展示で示される。

 そして第4室から第7室まで、メキシコ中央高原の古代文化、テオティワカン、トルテカ、メシカ(アステカ)など、第8室から、オアハカ、メキシコ湾岸(第9室)、マヤ、メキシコ北部(第10室)、メキシコ北部(第11室)、メキシコ西部(第12室)と地区別に分けての展示がある。


 テオティワカンからアステカまで

 現在のベーリング海の浅い海底が、平野であって、アメリカとアジアが、この幅2000キロほどの地域でつながっていた――2万5千年から1万年ばかり前、アジアから移動してきた人たちが、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカに住みついたという。

 メキシコ中央高原、トラバコヤで発見された2万1千年前の石器は、このころの人たちが大きな動物の狩猟で暮らしていたことを示している。

 トウモロコシなどを栽培するようになったのが紀元前2千年頃だと、この博物館の展示は教えてくれる。

 そして紀元前1200年ごろにメキシコ湾にオルメカ文化が現れ、中央高原には紀元前2〜3世紀にテオティワカンの文明が生まれる。西暦650年ごろまで栄えたこの古代都市は、いま「太陽のピラミッド」、「月のピラミッド」を中心とした遺跡が、メキシコ観光のハイライトのひとつとして残っている。こんどの大会の観戦ツアーの人たちは、1度は、この地へ予定を組んでいた。

 そのテオティワカンと同じころユカタン半島のティカル(グアテマラ)にマヤ古典期の都市がつくられる。

 わたしたちに親しい名前のトルテカは中央高原に10世紀から12世紀にかけて、メキシコ市北方のトゥーラを中心に栄え、そしてトルテカ王国のあとアステカが中央高原の覇権を握る。メシカ族とも呼ばれた彼らはテスココ湖上の島テノチトランに定着し14世紀から16世紀初めにかけて壮麗な都をつくる。

 スペイン人コルテスとその輩下、ならびに反アステカのインディオ達によってアステカ王朝が征服されたのは1521年。以来スペイン文化、キリスト教(カソリック)がインディオを支配したのだったが、これらの古代文化は、今日、その遺跡を各地に残すだけでなく、メキシコ人たちの生活や習慣や心の中に生きつづけ、支配したはずのヨーロッパ人の間にも大きな影響を与えている。


 トラチトリとエル・フエゴ・デ・ペロータ

 30年以上も前だったか、サッカーの“博覧強記”田辺五兵衛さん(故人、明治41年−昭和47年)と世界のフットボールの原型を調べたときに、古代メキシコで「トラチトリ」という名を知った。

 このボールゲームは、現在のアメリカ合衆国南西部から中央アメリカ・ユカタン半島まで広がっていたらしく、各地に遺跡があるようだが、ゴムの重いボールを、ヒジ、ヒザ、モモ、尻、腰にあて(1)相手方の後方の壁にボールをあてるか、壁を越える。(2)相手のプレーヤーの腰、ヒザ、ヒジ、モモ、尻以外の部分にボールをぶつける――ことが得点につながった。

 コートはH型で石の壁にかこまれ、そのHの字の上下に当たる両側のカベに、取り付けられた石の環(トラチトマラカトル TLACHTEMALACATL)にボールを通せば、それまでの得点に関係なく、通した方が勝者となった。

 6世紀ごろからアステカ時代まで盛んだったようで、当時のボールは空気を入れるわけでなく、重くて、ボールのあたる体の部分を保護するため、プロテクターをつけていた。

 コートの大きさやプレーについて、土地によって違ったらしいが、だいたい1チーム4人ずつ。儀礼の好きなところでは、いっぱい体を飾ったらしい。

 神に捧げる儀式というのはいいとして、勝ったチームは祝福されるのだが、お祝いとして生命を断たれ、神へのいけにえとなったとある。

 このトラチトリについて日本でも、いくつかの記述はあるが、スポーツ全体の流れからいくと、単に神殿の儀式としてのボールゲームだけでなく、アメリカ・インディアン(インディオ)の持ついくつかのボールゲームのなかの1つとしてとらえてみなくてはなるまい。

 こんどのワールドカップのメキシコ旅行では、さきにケレタロを訪れたとき、その土地のボールゲームの遺跡の見学会(プレスのための)が、すでにあったのを知って、残念がったが、この日の博物館訪問で、つい先日まで、館内の教室で、古代ボールゲーム(エル・フエゴ・デ・ペロータ)のフィルム撮影があったのを知ったのだった。


 ポスターと古代遺跡

 前日、わたしは、ちょっとした買い物をした。昼すぎに、デットマール・クラーマー氏をたずね、彼の忙しい時間をさいてもらって、86ワールドカップについての彼の解説を聞いたあと、プレス・センターでようやく、大会の公式ポスターを購入したのだった。

 到着したときからプレス・センターの壁面に飾ってあったのだが、スタッフに聞いても、印刷できていないとか、販売されないとか、の返事だったのだが、ようやく、大会の終幕になって、プレス・センターの受け付けで買えるようになった。

 スペイン大会のときには、ポスターについての説明が、プレス・リリ−スにあったが、今回はそうはいかない。ただし、例のIBMのコンピュータにインプットされているとかで、学生の通訳氏が、ひき出してくれた。

 それによると、アメリカの女流カメラマン、アニー・レイボビッツが、メキシコ全土を歩き、その風景と人とボールを組み合せた1000枚以上の作品のなかから、組織委員会が13枚を選んだ。

 これまでのワールドカップのポスターと違って(絵画でなく)写真であるのが特色であるとともに、86年3月にはニューヨークのメトロポリタン美術館に、このオリジナルが展示されたのは、世界的な美術館にスポーツ・エベントのポスターとして最初なら、ワールドカップ・サッカーの歴史の上でも初めてである――と誇らしげに記されている。

 風景とインディオ風のモデルとボールの美しい映像もさることながら、わたしには、「トゥーラの男、像の柱にうつる人影とボール」や「羽根のある蛇身のリリーフの前で」、あるいは「チチェン・イツァの神殿の石段で」、「ピラミッドより高く」、「チャクモールとボール」といった古代の遺跡をバックに、あるいは石像とボールを組み合わせた構図が楽しかった。

 チチェン・イツァはユカタン半島にあるが、ここはグアテマラのティカルの古典期マヤよりも、ずっと後の10世紀末の遺跡で、トルテカの影響をうけ、後古典期マヤ文化を呼ばれている――らしい。だから、トゥーラやミチョアカンなどの出土と同形の「チャクモール」がユカタン半島にもあるのだが、雨の神とも、太陽神に人の心臓を捧げる「お使い」ともいわれる、この座像の腹部の「皿」の上にボールをのせた――、作家レイボビッツ女史の意図はなんだろうか――と、わたしは、しばらく博物館の展示像の前で考えたものだ。


 古代ボールゲームへの興味

 ざあーっと見るだけで半日かかる、という展示を、時間の関係で、1階だけですませ、パンフレット類を買い、博物館の土産品を求める。そして地下の、セミナーのための教室を訪れ、古代ボールゲームについての映画会について聞く。“すでに終わってしまい、つぎにみせる日は決まっていない。そんなに、いうなら、この本をあげましょう”と係の女性はいい、「エル・フエゴ・デ・ペロータ」をくれた。A4版よりちょっと大きい、126ページ。発行所は、インスティテュート・ナシオナル・デ・アントロポロヒア・エ・イストリア。つまり国立歴史・人類学研究所。

 スペイン語で書かれている点が、わたしにはやっかいだが、南北アメリカでの各種の古いボールゲームについて書かれているらしいのがうれしかった。

出ようとしたとき、はい然たる夕立ち。雨の止むのを待って、入り口に近い階段に腰をおろし、わたしは、いつものように不勉強を後悔しながらも、この博物館によって、ほんのわずかながら、頭の中が整理されはじめたのを喜ぶのだった。

旅の日程

▽6月28日 メキシコ・シティ

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