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欧州の巨人激突クリンスマンとフリットの明暗

 ローマの丘の上のホテルとスポーツ紙

 「きょうはいいホテルにあたったのかナ」

 こじんまりして、玄関もロビーも広くはない。表(おもて)通りから坂をあがって、入ってくるところは住宅街の趣(おもむき)。入り口の並んだ花の色がとてもきれいだった。

 1990年6月25日、ローマのT・タラメリ通り七番地のホテル・リボリ。

 12時ミラノ発のAZ71便でローマにつき、空港からタクシーでホテルについたところだった。

 ワールドカップ’90イタリア大会は、1次リーグを勝ち残った16チームによる、第2次ラウンドにはいり、前日の6月24日には、1回戦の“超目玉”ともいえるアルゼンチン−ブラジル(トリノ)、西ドイツ−オランダ(ミラノ)がすんだばかり。

 ミラノのスタジアムのテレビ室でアルゼンチンがブラジルを倒すのを見たあと、メアッツァ競技場ではヨーロッパの“巨象”の激突をナマで観戦した。

 そして、この日、ローマで開催国イタリアが午後9時からウルグアイと戦うのを取材するために飛んできたのだった。

 1日に2つの、それも、サッカーの大国同士のゲームを見ると、体の力が抜けたようになってしまう。ミラノ・ローマ間の飛行時間はほとんど眠っていたらしい。

 そんな私に、冷房のきいたシャレたホテルはいいくつろぎになる。

 昼食は外へ出て中国料理(午後2時になろうとしていたが、開いていた)。ガランとした広い店内で、料理を待つ間、例によってメモをつけ、空港で買った新聞を見る。

 ピンク色のスポーツ紙「ラ・ガゼッタ・デロ・スポルト」は、前日のゲームを、

「Maradona beffail Bragile」
「Klinsmann buttafuorl Gullit」
 と2本の見出しをつけ、その下にさらに大きく、
「Corri Italia Corri」と歌っている。

 イタリア語は、1960年のローマ・オリンピックのときに、特派員になれるかもしれないと思って、少しかじっただけで、全くわからないのだが、
「マラドーナ、ブラジルをほんろう」
「クリンスマン、フリットをほうり出す」
そして、「さあ、いけ、イタリア、がんばれ」と適当な訳をつける。そして、このイタリアのスポーツ紙が、1面(第1ページ)の上半分に、3つの大見出しを集めているところに、新聞売り場で、読者を魅きつけるための苦労を見る。

 7年前までは、わたし自身スポーツ新聞の編集局長。その戦にあった10年間は、新聞紙面の作り方が、たちどころに売れゆきに反映するだけに、とくに1面(第1ページ)については気をつかったものだ。

 この24日のように、世界注視の大試合が2つもあり、しかも発売日の当日(6月25日)にはイタリアが出場するというのだから・・・。編集者は3本立ての大見出しと、その1面に始まる30ページをつくるのには、気合いもはいったことだろうし、また、見出しや、記事の内容にはずいぶん工夫したことだろう──。

 そんなスポーツ紙を見ながら、前夜のすごい試合をあらためて思い起こす。


 フリットのターン

 キックオフ直前、ミラノのスタジアムは、ビッグな対決の前の緊張感と、それでいて、スポーツ的な明るさにあふれていた。試合前のウォームアップは両チームともによく似た動作をくりかえす。

 11人のラインアップのうち、180センチ以上が8人のオランダ(うち186センチ以上は4人)、7人の西ドイツ(うち186センチ以上は3人)のそれぞれの、長身者は力強く、かつ柔らかく、背の高くないボウタースやビンター、マテウスやリトバルスキは、みるからに軽快で闘争心に満ちていて、ヨーロッパ・スポーツマンの最高峰の彼らの、小さなジャンプや身のひねりなどの準備運動を見るだけでワクワクしてしまうのだった。

 その22人のスターのなかで、ひときわ目立つフリットがまずチャンスを生んだ。ライカールトからの長いパスがファントシップ、ファンバステンとつながり、後方から疾走したフリットがパスをうけてベルトルトにせり勝ってペナルティーエリアの左ライン(ゴールラインから5メートル)から中へクロス、ビンターが飛びこんで足にあてた。

 ビンターのこのスライディングしてのボレーは、ゴールからはずれたが、フリットがベルトルトをはじきとばすようにターンした力強さと、そのフリットがターンをしやすいパルを(ボールに回転をかけて)送ったファンバステンのうまさに、1次リーグのときよりフリットはもちろん、ファンバステンも調子があがってる──と思えるのだった。


 ああライカールト

 そうしたオランダの希望は、20分の事件のためにおかしくなる。

 ハーフラインをこえてフェラーがファンアーレのタックルをかわしたとき、猛然とライカールトがスライディング・タックルして倒した。ロウスタウ主審は、このライカールトに黄色カードを出したが、すぐそのあとフェラーにも黄色カードを示した。(私の記者席からはよくわからなかったが、ビデオを見たら、ライカールトが、フェラーの横を通り抜けるときにツバを吐きかけたらしい。それにフェラーが文句をつけにいった場面だけ主審が見た)

 そして、このFKの再開プレーで2人は、今度は退場になる。

 ブレーメのFKをフェラーとファンアーレがヘディングでせり合い、高くあがったボールをGKファンブロイケレンがキャッチ、落下地点へとびこんだフェラーが、GKともつれて、両者倒れる。そこへライカールトがやってきて、フェラーの方に体をかがめた。走ってきた主審は、ライカールトにも、フェラーにもレッドカードを出して、1度に2人ともセント・オフ(SENT・OFF)になってしまった。

 試合後の話を総合すると、このときもライカールトがツバを吐きかけたらしい。どうやら最初のファウルのあとでフェラーが、何か、ライカールトをカッとさせるような言葉を投げつけたというのだが、それにしても、2人同時の退場で、ちょっと空気がおかしくなる。

 しばらくすると、10人ずつの両チームのプレーが2人のスターのいないことも忘れさせ見るものすべてを引きこんでゆく。

 両チームとも1人足りないために、多少スペースに余裕ができる。ということは、オープンスペースへ走って、そこへパスが出るという、かつてのサッカーの面白みが見られる。(守備戦術の発達した現在では、単純にオープンスペースを見つけることはできない)そして、動きの量と、速さということでしだいに西ドイツの方が優位に立つ。


 クリスマンのビューティフル・ゴール

 7万4559人のスタンドが期待した後半、そのうち4万人のドイツ人がとびあがって喜んだのが、後半開始から5分だった。

 マテウスが早いドリブルのあと右へパスを出し、クリンスマンが、それを取って、ゴール前へクロス、ちょっと長目のタマをマテウスは、うしろへのけぞりながらヘッド。GKファンブロイケレンがジャンプ・キャッチした。4人のDFをくずした2人の連攻に大歓声があがった、すぐそのあと、再び西ドイツが、こんどは左サイドから攻める。ブレーメからタッチラインぞいにパスをうけたブッフバルトがドリブルして、ゴールラインぎりぎりで、左足でライナーのクロスを送り、クリンスマンがニアサイドであわせた。

 ゴールラインに近づいたブッフバルトが、ビンター相手にいったんスピードをゆるめたとき、ゴールマウスにいたクリンスマンが、ブッフバルトがタテにはずしてラインギリギリで左足でけるときには、彼をマークしていたファンアーレの背後から、ニアサイド(ボールに近い側)へ出て、左足のボレーでシュートした。いわば、ファンアーレの視野から、いったん消えてあらわれたわけだ。

 ブッフバルト(188センチ)とマークしたビンター(175センチ)とにリーチの差があったのもパス成功の原因のひとつ。クリンスマンは、相手のハナ先、ニアサイドのボールを叩く(アーセナル・ゴール)彼の得意ワザを大舞台でみごとに見せた。


 西ドイツのタフネスと速さ

 リードされたオランダはフリットのボレーシュートやボウタースの右サイドのノーマークシュートがあったが得点にならず、守りの安定した西ドイツが効果的な速攻でスタンドを熱狂させる。なかでも金髪のクリンスマンの長い疾走は随所でオランダに脅威を与える。そのクリンスマンのような長走はないが、黒い髪のフリットも瞬間的な早さでチャンスをつくるが、ドイツの守備網はくずれることはない。

 それではと、オランダは、DFのファンアーレにかえて空中戦に定評あるキーフトを投入。そんなオランダの苦悩をよそに快調クリンスマンは、ブレーメからのみごとなロングパスを受け、バウンドしたボールをボレーシュート。右ポストにあたって得点にはならなかったが、胸のすくプレーだった。

 ベッケンバウアー監督は、そのクリンスマンをひっこめてリードレを送りこむ。小柄で元気なリードレの左からのパスでリトバルスキのシュートチャンスが生まれ、相手GKのファインプレーで防がれたが、この左CKから2点目が生まれた。

 リトバルスキのけったボールをブッフバルトがR・クーマンとせり合い、かすかに自分の頭にあてたブッフバルトが、落下したボールを1歩早く取って頭で突いて出てゴールライン近くへ持ち出し、クーマンを前にして、後方へパス。ペナルティーエリア左角で受けたブレーメが、ノーマークとなって右足のカーブシュート、ゴール右すみへきめた。好プレー続出のGKファンブロイケレンにも守りようのないシュートだった。

 4分後、ロングパスを取ろうとしたコーラーがファンバステンを押し倒した格好になってPK。2-1となったが、西ドイツの動きは衰えるとこなく、最後まで観衆を沸きたたせながらタイムアップとなった。

 ライカールトという攻守の要(かなめ)を失ったオランダの方に、攻めのプロフェッショナル、フェラーを欠いた西ドイツよりも、影響は大きかったが、10人ずつで、暑さの中にすばらしいプレーを展開した両チームは、まことに偉大。勝ちチームを引っぱったマテウスのすごさは感嘆のほか他はない。

 食後の中国茶を飲み、薄暗い店内から出たわたしにローマの空は、まぶしいほど明るかった。

 さて、今夜はイタリア−ウルグアイ。守りということでは各国から一目おかれるウルグアイをイタリアがどのように攻めるのか。

 つぎの楽しみに、ホテルへともどる足は自然に早くなるのだった。

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