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”ナポリの夜空”に悲しく消え去ったイタリア国民の夢
ハーフタイムにサンタルチア
記者席の小型テレビに両面がヘリコプターからのスタジアム全景と、港町の夜をうつしていた。場内には“サンタルチア”の曲が流れ、しばらくして“帰れソレント”に変わった。
選手たちの去ったあとの広い緑の空間と、ナポリ民謡は、激しい戦いを忘れさせるが、向こう正面の電光掲示板は「ITALIA 1-0 ARGENTINA」を告げていた。
1990年7月3日、ナポリのサンパオロ競技場。ワールドカップ準決勝、イタリアーアルゼンチンが午後8時にキックオフし、前半の45分を終わってハーフタイムにはいっていた。
場内のマイクが、こんどのワールドカップのテーマミュージック「To Be Number One」を奏するころ、テレビの画面は前半のリプレーに変わる。
自分のメモと照らし合わせながらテレビを見ているとイタリアの得点のシーンがあらわれる。スキラッチの左からのクロスに続く、浮きダマのパスが3本、そのあとビアリのシュートとGKゴイコチェアのはじいたリバウンドをスキラッチが決めた──と、わたしのメモにある。
テレビのスローの画面は、それをさらに正確に反復してくれたが、この17分の得点は、まさにこの日のイタリアの一人ひとりの特徴が、見事に組み合わさっていた。
浮きダマの連続とボレーシュート
開始後しばらくアルゼンチンよりもイタリアのボールへの寄りが早く、ボールをキープし、動かす幅も広く、攻めも変化が多かった。アルゼンチンも強い当たりで対抗しているうち、ハーフラインからイタリア側10メートルで、マルディーニに対するアルゼンチン側の反則があってFK。
このキックが、左タッチぞいに開いたスキラッチに渡る。スキラッチの背後からアルゼンチンのセリスエラがつぶしにいったが、スキラッチは後方へドリブルし、相手の2人目、3人目がかこみにくる前に中央へロブのパスを送った。
25ヤードやや右よりの落下点へ走りこんだのがデナポリ、彼はダイレクトで左斜め前へ、そのボールをまたダイレクトでビアリが中央へ返す。
ペナルティーエリアあたりで大きくバウンドしたのを、ジャンニーニが、右足で浮かせて、シモンの頭を越えさせ自分も走り抜けて、空中のボールをそのままヘディングで左へ落とす。そこへはいってきたビアリが相手DFの前でボレーシュートした。
シュートのコースそのものはGKゴイコチェアに難しくないはずだが、なにしろスキラッチのロブの落下点からのボールタッチはダイレクトでボレーばかり、GKにはタイミングが読みにくかったに違いない。ゴイコチェアの手に当たって、転がったところに、ちゃんとスキラッチがいて、シュートしてしまった。
スキラッチが、相手DFにからまれながら粘り強くキープして、パスを出したことが第一、左サイドでスキラッチがからまれている間に、中央にビアリとジャンニーニが上がり、動きの多いデナポリが後方からフォローしてきた。つまり、相手の危険地帯の近くに味方が集まりはじめていたことが第二、浮きダマの扱いが、それぞれ、正確だったことが第三。
そして、しめくくりは、スキラッチのリバウンドを狙う感覚が冴えていたこと。
調子を崩して、2試合だけ出ていたビアリを起用したビチーニ監督の策も、この時点では成功といえた・・・・・・。
カニーヒアのヘディング
優勢なはずのイタリアが17分の得点でリードした。ゲームの流れは大きく傾くのかと思ったが、アルゼンチンはひるまない。
早いテンポのパス攻撃が、再三、アズーリ(ブルー)のカベを突き破ろうと仕掛ける。マラドーナがペナルティーエリアの外から、相手を背にして、ボールを小さく浮かせ振り向きざまに、ボレーの反転シュートをした。
GKゼンガの正面だったが、“やっぱりマラドーナ”とスタンドから拍手が沸く。ナポリのファンに思わず手を叩かせたシュートはチームの士気を高めただろう。
午後9時に後半がはじまるとき、アルゼンチンはカルデロンに代えてトログリオを投入する。バレージをリベロにフェリとベルゴミの2人のストッパー、左のマルディーニでつくるDFラインは安定しているが、ミッドフィールドでの戦いは、アルゼンチン側のペースになろうとしていた。
後半18分にイタリアにピンチがあり、カニーヒアのシュートがDFの足に当たってコーナーキックとなったが、イタリア側にはちょっとしたショックだった。
ピンチのもととなったのは、エリア外のゴール正面で、マラドーナとベルゴミがボールを争って、両者が倒れ、ボールが左へ流れたのをアルゼンチンのブルチャガがとらえて、ヘディングでカニーヒアにパスをしたのだった。
そして後半の22分にカニーヒアのヘディングで同点ゴールが生まれる。
そのきっかけは、攻めこんだイタリアがFKのあと、右スローインと続いて、ドナドニが低いクロスを送ったのをアルゼンチンが奪うところから──。
バスアルドがパスを受けてこれをマラドーナへ、マラドーナは右へオープンスペースのカニーヒアへ送るのをイタリア側がヘディングで返す。左サイドで再びバスアルドが取ってマラドーナに渡す。
ゴール前、やや左より25メートルでノーマークとなったマラドーナは左足で左サイドへパスを出す。
そこには、オラルティコエチェアがいた。彼はワントラップでボールをコントロールすると、ゴール前の味方の位置をよく見て、ロブのパスを・・・・・・。
GKゼンガが構える前方にカニーヒアがはいりこんで、彼をマークするフェリよりも、いい位置でジャンプ。ボールは金髪に当たって、わずかに方向をかえてゴールに飛び込んだ。
オラルティコエチェアの正確な右足のロビング・パスとカニーヒアのヘディングが生きたが、そのオラルティコエチェアにボールを渡したのがマラドーナ。
相手のDFのすぐ近くにいるわけでもないのに、もらったボールをすぐに、左サイドのオラルティコエチェアに送ったタイミングと、なに気ない風にけっているサイドキックの強さが彼特有のもの。受ける側にとって、処理しやすいボールだったから、オラルティコエチェアは、ボールを受けたあと、目標へパスを送るまで、充分な時間があって、カニーヒアに、高さも、強さもピシャリと合うパスを送ることができたのだった。
マラドーナ・マジック
ドリブルで突破もし、相手を背にしてシュートもするマラドーナだが、彼のパスが、いつも味方にとって受けやすく、次のプレーにはいりやすいのが、素晴らしい。
それは、パスの強さや高さといったテクニック(足にあたる部分や角度を含めて)が高いことと、そのときの状況判断。
たとえ自分がノーマークであっても、オラルティコエチェアに渡そう──といった判断を、早く、正確に下すからだ。
マラドーナの意図どおりの組み立てで同点とされたイタリアだが、彼らの側にも問題はないわけではない。
1-0とリードした後半を、守りを主にするのか、攻め合うのか。守りを主とするならば、どこに守備線を引くのかが明確だったかどうか。
準々決勝の対アイルランド戦でも後半いささか余計に中盤のボールを拾われ、押し込まれながら、相手の攻めが単調であったために防ぎ切ったが、この日の相手はアルゼンチン。いくら調子が落ちていても、余裕を持ってボールを扱わせれば防ぐのは難しい。
PK戦もマラドーナ
「攻められても点を取られない」。神話の破れたイタリアは、ヘディングの強いFWセレナをビアリと入れ替え、ジャンニーニを引っ込めてバッジオを送り、バッジオ、セレナ、スキラッチのトリオに2点目の望みを託したが、アルゼンチンのシモン、セリスエラ、ルジェリの最終ラインは固い。なにより、GKゴイコチェアが自信をつけて簡単には崩せない。
アルゼンチンはジュスティが退場処分で延長後半は10人となったが、体を張り、ファウルも辞さない激しいプレーで互角のまま終わり、決勝へ進むチームは午後10時40分からのPK戦にかけられた。
記者席からみて、左側のゴールを使ってのPK戦は、イタリアが先で、まず1番手のバレージとセリスエラが決めて1-1。セリスエラはスパイクをはきかえてのシュートだった。
次のバッジオ、ブルチャガも成功して2-2、3人目のベルゴミ、オラルティコエチェアもネットへ蹴り込んで3-3となった。
4人目のイタリアのドナドニ、シュートもドリブルも上手なACミランのMFがけった右へのシュートをゴイコチェアが止め、マラドーナのサイドキックはゼンガの読みとは反対の左へ飛び込んだ。
追いつめられたイタリアのストライカー、セレナは左足で思い切り右を狙ったが、これもゴイコチェアが防いだ。
2人目からイタリアのキッカーの方向を読んだGKゴイコチェアだったが、どうやら、彼らのクセにくわしいマラドーナのヒントだったのか。
開幕以来ローマで戦い勝ち進んだイタリアは、マラドーナの本拠地ナポリでの試合に敗れて、再びローマ(決勝)に帰ることはできなかった。