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様変わりしたスタジアム

 神戸ウイングスタジアムの完成が11日あり、2002年ワールドカップの日本の10会場がすべて出そろった。
 いずれも収容人員は4万人を超える。野球以外では東京の国立競技場と神戸と広島にあるだけだったビッグスタジアムが、一気に10も増えた。欧米のスポーツ先進地に比べてまだまだという声もある。しかし、37年前の東京オリンピックのときに「国立競技場の6万人収容は大きすぎる」と真剣に議論されたことを考えると、日本のスポーツ全体の「器」が大きくなったと改めて思う。
 嬉しいのは、10スタジアムはすべて、地方自治体がワールドカップをきっかけに市民、県民の意向を汲んで自らの意思によって建設したことだ。サッカー発祥の地の誇りを持つ神戸にしても、寒い冬に使える屋内スポーツ場を持ちたい札幌にしても、サッカーどころの埼玉や静岡、あるいは、Jリーグの地域密着の姿勢とサッカーの国際性に注目した知事の提唱による大分にしても、いずれも自治体がワールドカップの誘致を決め、会場となるスタジアムを自らの好みで作った。
 その好みはデザインに表れ、神戸ウイングスタジアムは屋根の優美さとスタジアムの傾斜に独特の開放感があり、日本最初の「4分の3屋根つきスタジアム」の大阪・長居の特徴は旅客機から見てとれる。
 ワールドカップの取材のたびに、私はフランスでもスペインでもイタリアでも、都市によってデザインの違うスタジアムを眺めてきた。
 宇宙戦艦のようなミラノのメアッツアや「背景の岩山が見えなくなる」と、規定を無視して屋根をつけなかったマルセイユなど、それぞれのビッグスタジアムは、その年のアイデンティティーであり、モニュメントだった。それを見ながら、日本の地方の競技場がすべて東京・国立にならって一律であるのと思い比べたものだ。それがいまや、様変わりした。
 10スタジアムが世界中の人に喜ばれるとともに、「地域のことは地域で決める」という21世紀の地方自治について考えるきっかけになってほしい。

(朝日新聞 2001年10月16日)

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