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不評をはね返す、ドイツの大量ゴール

湯浅コーチとドイツ国歌

「レディース アンド ジェントルマン ナウ ナショナル アンセム オブ ジャーマニー(皆さん、ただいまから、ドイツ国家の吹奏です)」
 観客の起立をうながすアナウンスが、札幌ドームでのワールドカップの開幕を告げる。2002年6月1日午後8時20分、入場券販売の不手際から、空席が目立つものの、場内は本番を迎えて華やいでいた。
 一列に並んだドイツとサウジアラビアのイレブンを記者席から見下ろす私に、後ろの席からの声がかかる。「うれしいですね、賀川さん。ドイツ国歌、原語で歌っていいですか」
 ヒゲをたくわえた湯浅健二氏、ドイツでサッカーのコーチ学を身に付け「スペシャル・ライセンス」を取得した後、日本でコーチ経験を積み、多くの技術、戦術の著作を物にした彼だが、縁の深いドイツ代表を見ると、つい心が浮き立つらしい。
 そんな中年の連達のサッカー人を微笑ましく思いながら、こちらもやはり気分が高揚して、つい歌詞を口ずさむ。なにしろ、ドイツ国歌は1974年に初めてワールドカップ(西ドイツ大会)を取材したときから、どの大会でも必ずセレモニーで聞き続けたなじみのもの。いま、ここでハイドン作のその荘重なメロディーに接すると、あらためて日本にワールドカップがやってきたのを実感するのだった。
 もっとも、前日のソウルでの開幕試合で、フランス国歌もセネガル国歌も歌手の独唱があったのに、ここでは吹奏だけなのか、いささか不審ではあったが…。

大型ドイツに空中戦の利

 記念撮影を済ませた両チームがピッチに散っていくのを見ると、あらためてドイツ選手の体の大きいのに目を見張る。スターティング・リストのGKカーン(188センチ)以外の10人のフィールドプレーヤーは、△188センチ以上が4人△184〜187センチが2人△180〜183センチが3人△180センチ以下が1人。
 これに対してサウジアラビアは、アジアのトップ級のGKアルディアイエ(189センチ)を別にしたフィールドプレーヤーでは、△188センチ以上が0人△184〜187センチが1人△180〜183センチが3人△180センチ以下が6人となっている。ドイツには188センチ以上のなかに、193センチが2人もいるのだから、高さ、つまりヘディングによる空中戦では、圧倒的に優位となるだろう。
 そのドイツがキックオフ直後から中盤でのプレッシングでボールを支配し、193センチのヤンカーのポストプレーから右に左にボールを散らして、サイドから相手ゴール前へクロスを送り、空中戦を挑む。

空振りとジャンプ

 左サイドには、96年の欧州選手権制覇のときに、若く勢いのあるドリブルで注目されたツィーゲが、老朽の看板をつけて得意の左足キックのクロスを狙い、右サイドには25歳のトルステン・フリングスが、いいボールを送るのが目を引いた。さらに、バラックのタフな動きと力強さ、シュナイダーの鋭いキックなどがあって、欧州での風評から予測していたよりは、ドイツの個人能力もチーム全体も上にあることを知る。
 サウジアラビア側も15分までに危険なクロスを通され、また2回のシュートチャンスを与えながらも、シュートチャンスにはマークがついていたから、18分間は無失点で切り抜けたのだ。しかし、19分にバラックの左サイドのクロスからゴールを奪われてしまう。
 そのドイツの先制ゴールは、クローゼの見事なヘディングによるのだが、伏線はヤンカーの空振りにあった。バラックのクロスが後方に来たのに対し、ヤンカーが反転して処理しようとしたが失敗してしまう。
 ヤンカーがタッチするとの予測が外れて、サウジアラビアDFたちに一瞬の空白が生まれたとき、バウンドしたボールに後方から勢いよくジャンプしたのが、クローゼ。高さとタイミングがぴたりと合ったヘディング・シュートで、ボールは勢いよくゴールに飛び込んだ。大きな体のヤンカーに注意を払いながら、そのヤンカーの空振りによって予想外の展開となったのが、サウジアラビアにとっての不運だが、ここがサッカーの不思議さと言える。
 それにしても、その一瞬の空白期にマークを外し、ボールに飛びついていったところに、クローゼのストライカーとしての資質があった。
 気落ちしたサウジアラビアに対して、ドイツは攻撃の手を緩めることはなく、驚くべきゴールドラッシュで8―0となる。前回チャンピオンのフランスの敗戦で幕を開けた2002年大会は、不評の次期開催国、伝統のドイツの大量ゴールという異変に、2日目も沸くことになった。

(週刊サッカーマガジン2002年8月7日号)

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