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喪に服しチャリティ試合

 4月15日からしばらく、リバプールはFAカップを続けるかどうか決定できなかった。4月22日のリーグ戦(対アーセナル)も延期した。4月26日のワールドカップ予選、イングランド対アルバニア戦には、バーンズ、ベアズリーら代表に選ばれていたリバプール勢が代表参加を辞退する噂もあった。

 4月30日の日曜日、スコットランドのグラスゴーで、セルチック対リバプールのチャリティ試合が行なわれた。95人の犠牲者に見舞金を贈る催しだった。観衆は6万437人。リバプールの監督で、かつてセルチックにもいたケニー・ダルグリッシュもユニホームを着た。
 そして、その1週間後、リバプールはFAカップ準決勝に出場し、ノッティンガム・フォレストを3−1で破ったのだった。
 今度の会場は、マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラフォードだった。リバプールから39キロ、ノッティンガムから69キロのマンチェスター市だが、今度は、さすがに超満員とはならず、観客は3万8千人(収容5万6千人)、リバプールは割り当てられた入場券2万5千枚のうち5千枚を戻したという。
 普通には、リバプールのサポーターは、アウェーゲームでも4万人くらいが応援に出かけるのだが…。

 ゲームはリバプールが攻守ともに、見事な連係プレー、一人ひとりの気迫のこもった動きで、3−1と快勝した。
 すでに、リーグ・カップに優勝して、2つ目のタイトルに望みを持っていたノッティンガムだったが、リバプールの勢いを止めることはできなかった。
 FAカップのもうひとつの準決勝からは、同じリバプール市のエバートンが勝ち上がっているから、5月20日、ロンドンのウェンブリー競技場での、88〜89シーズンFAカップ決勝は、ALL MERSEY(マーシー河、リバプールの河港のある河)の試合となる。


(サッカーダイジェスト 1989年「蹴球その国・人・歩」)

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