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韓国の対イタリア同点ゴール

黄善洪のタイミング
 J1ファーストステージで市原が注目されている。これまで、2位は1回あったが、ほとんどがリーグの中位か下位だったチームの変身ぶりが、オシム監督の“走れ、走れ”にあるようだが、90分間、動きのスピードも量も落ちず、ポールを奪えば積極的に攻める試合ぶりを見ると、2002年韓国代表の姿が浮かんでくる。
 さて、この2002年ワールドカップの旅――前回は、韓国がイタリアを倒した第2ラウンドの16強戦を、翌日6月19日にビデオで振り返り、同点ゴールのシーンを確認していたところだった。

同点攻撃はGKキックから

 その場面は前号でも簡単に触れたが、もう一度、詳細に見ると――。
 同点ゴールにつながる韓国の攻撃は87分、トッティのクロスを捕ったGK李雲在(イ・ウンジェ)のパントキックが、黄善洪(ファン・ソンフォン)へ送られて始まる。
 @黄善洪が持ちこたえA安貞桓(アン・ジョンファン)が拾って左に開いていた李天秀(イ・チョンス)に渡すB李天秀は一つ持って、内側の安貞桓へC安貞桓は反転突破を計って止められD右後方へ転がったボールを朴智星(パク・チソン)が拾う。イタリア側は7人がエリア内か、そのすぐ前Eノーマークの朴智星は正面、右寄りの黄善洪の足元へF黄善洪はゴールを背にしてボールを止め、右前へ出ようとした。マルディーニのスライディングでボールはまた後方にGこのボールを韓国側が拾い、再び朴智星に渡るH朴智星は今度は、小さくドリブルして黄善洪の足元へ送り、ワンツーを受けようと、エリア内目掛けて走るI黄善洪はこのボールを止めないで、ダイレクトでゴール前へパスJ浮かされたボールは、エリア中央の長身DFユリアーノの頭を越えて落下。その背後のパヌッチの太ももに当たるKそのリバウンドを薛g鉉(ソル・ギヒョン)が左足で蹴った。ボールはゴロンゴロンとバウンドして転がり、ゴール右下隅に入った。

さり気ないダイクトパス

 試合の大きな流れとすれば、イタリアが61分にデルピエロを引っ込めてガットゥーゾを投入し、その2分後に韓国がDF金泰映(キム・テヨン)に代えて、黄善洪を送り込んだところ。“しっかり守ろう”“どんどん攻めろ”という、それぞれの監督の意思表示ともいえるこの選手交代が、ターニング・ポイントといえるだろう。
 しかしイタリア側にとっては、リードし、守りを固めて逃げきる。あるいは、カウンターで追加点という試合展開は、ごく常識的なものだった。そして、実際に87分までは破綻(はたん)は起こらなかったのだ。
 その守りの破綻は、前述の同点ゴールへ至る経過のIの部分――黄善洪のダイレクトパスにあったと思う。
 彼にボールが渡るまで、つまりGK李雲在のキックから約27秒間の韓国の攻撃は、延ベ9人がかかわり、8回ボールが動いたが、ほとんどは相手を前にしてボールを止めてからのプレーだったのが、黄善洪だけがダイレクトプレーをした。
 このため、パヌッチは危険地帯へのカバーのために良い位置に入りながら、ユリアーノの頭上を越えて来たポールに反応が遅れ、体に当ててしまったといえる。

86年のフランス―ブラジル

 1986年ワールドカップの名勝負、準決勝のフランス対ブラジル(1−1、フランスのPK勝ち)のフランスのゴールも同様だった。
 相手のペナルティー・エリアの右角あたりからのフランスのロシュトーのクロスが、エリア内でブラジルのセントラルDFエジーニョの体に当たった。それにより方向が変わったのをストピラが飛び込んで、GKカルロスともつれ、そのあとプラティニが押し込んだが、このときもエジーニョはコースを読んで、良い位置(ボールの飛んでくる線上)に入りながら、ロシュトー特有のキックの早さ(このときは振り向きざまの)に対応が遅れて、ボールを処理できなかった。
 黄善洪は韓国では、数少ないタイブで、“さあ、来い”といった感じのプレーヤーが多い中で、彼の“さり気ない”風のプレーは一味違う。このときのダイレクトパスも、まさにそれで、違ったタイミングに、相手が惑ったのだった。
 韓国サッカー選手の持つ伝統的なタフネスと気力が、ヒディングによ
って開発されて、この大会での躍進を生むのだが、黄善洪の“非伝統的”プレーもまた、大切な布石だった。シンプルなゲームの複雑な面白さを私はあらためて思った。

(週刊サッカーマガジン2003年8月5日)

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