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ヒルトンの“チップス先生”に登場するサッカー

 それは、わたしが学生時に読んだ、ジェームス・ヒルトンの『チップス先生さようなら』(グッドバイ・ミスター・チップス)のなかにも登場する。
 1934年に発売されたこの短編は、1848年生まれの、中産階級の子弟を教えるブルックフィールドという公立中学校の教師を務める、主人公チップスの回想形式で物語が展開するのだが、なかに、この学校が、ロンドン東部の貧民街のセフルメントの子供たちを招いて、生徒同士のサッカー試合をさせる場面がある。公立中学校の子弟が、貧民街の少年と交流するということは、20世紀初めには考えられないが、ともかく、それをやってのけるところにチップス先生の力がある。そしてまた、その試合は、中産階級と貧民街の両方の子供がするもの、という設定で、やはり作家ヒルトンはサッカーを持ってきている。

 スポーツを語るとき、日本ではフェアとかルールを守るとか、チームに尽す、あるいは精進する、努力するーといったことが多い。もちろん、サッカーにも同じテーマはとれるのだが、イングランドでテレビや映画の脚本に、あるいは小説にあらわれるサッカーは、階層をこえたもの、市民のなかに生きたもの、という点が強調されているのが面白い。
 それはサッカーのクラブの多くが19世紀の末期に創立され、すでに百年の伝統を持つこと、社会の変動のなかにあって、それぞれの地域に密着し、それぞれの時期に市民と楽しみを共有してきた歴史を持っているからでもあるだろう。

 前述のリバプールの熱烈サポーターをコップ(KOP)と呼んでいるが、それは、このチームのホーム、アンフィールド・ロードのスタジアムのスタンドの名前、スピオン・コップ(SPION KOP)からきている。
 そのスピオン・コップは、南アフリカのボーア戦争(1899〜1900年)のときに、リバプール連隊が激戦を演じた地名に由来しているという。


(サッカーダイジェスト 1989年「蹴球その国・人・歩」)

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