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ロス五輪とゾーラ・バッド

 国際舞台に登場する、知られざるサッカー大国・南アフリカ。アパルトヘイトという特異な人種差別政策を続け、このため国際社会からも締め出されていた南アフリカ共和国が、その制度の撤廃を打ち出した。これによって、スポーツの面でも南アフリカは国際舞台に復帰できることになった。巨大なアフリカ大陸の南端にあり、私たちには「未知のサッカー大国」南アフリカは――。


 南アフリカのスポーツといえば、私たちにはまずゴルフのゲーリー・プレーヤーや女子長距離のゾーラ・バッド、そしてラグビーのスプリング・ボックス――。
 女子長距離のゾーラ・バッドは、すい星のように現れ、その才能を惜しむ関係者が(南アはオリンピックに出られなかったので)、英国の選手として1984年のロス五輪に送り込んだ。18歳のバッドと27歳のアメリカ選手、メアリー・デッカーの対決は、女子3千メートルの興味をかきたてたが、二人はレース中に接触して、デッカーは倒れて棄権、バッドは足を傷つけて7位に終わった。
 アパルトヘイトという人種差別の制度については、その成立の仮定までに歴史的な原因があり、必然があったとする人もある。そしてまた、一つの制度の急速な崩壊は、無秩序を生むと懸念する声もあるが、人をホワイトとカラード(混血)、ブラック(黒人)といった皮膚の色、あるいは人種だけで差別し、権利が異なり、そのために教育や経済に差が起きるのは、誰が考えてもいいわけではない。この国の白人の中にもアパルトヘイトに反対し、変革を求めて活動してきた人のいることがそれを証明している。
 国際サッカー連盟(FIFA)が1964年から、国際オリンピック委員会(IOC)が1970年から南アの加盟国としての資格停止、つまり世界大会やオリンピック大会などへの参加の禁止を決めたのは、南ア政府へ政策の変更を求めるための、国際社会の制裁措置の一つだった。
 このため、南アのスポーツ選手の中には、国際舞台で自分の力を発揮することのできないまま、その絶頂を越えてしまった者も多いだろうし、ゾーラ・バッドのようなケースもあった。
 それが、いよいよ国際舞台へ復帰できる。サッカーなら、まずアフリカ選手権、アフリカのチャンピオンズ・カップなどにチームをチームを送れるし、オリンピック(予選)にもワールドカップにも参加できる。ただし、サッカー界もアパルトヘイトの制度をやめ、白人も黒人も同じ権利で差別なしにプレーできる組織を持ち、実際にそれが行われていることが承認されなければならない。
 政府のアパルトヘイト廃止宣言に伴って、サッカー界は統合組織を作ることになり、まず頂点のトップ・リーグ、つまりプロフェッショナル・リーグを一つにした。
 南アのサッカーにプロフェッショナルが導入されたのは別表の『あゆみ』にある通り、1959年に白人のナショナル・フットボール・リーグ(略称NFL)が生まれ、これが一昨年まで14チームで行われていた。
 一方、非白人のプロ・リーグは、1972年、ナショナル・プロフェッショナル・サッカー・リーグ(NPSL)が発足し、はじめ16、一昨年まで18クラブが欧州や南米と同じホーム・アンド・アウェーの総当りで、1チーム34試合を行っていた。
 二つのリーグを統合するにあたって、NFL(白人)から6チームがNPSLに加わり、1991年は24チームでスタート。NFLの残り8チームは2部にまわり、2部は20チームずつ2グループで構成する。1部リーグの24チームは多いので、2年がかりで20チームにする。つまり1992年には22チーム、93年に20チームとなるが、この間にシーズン終了とともに2部から2チームが昇格、1部から4チームが落ちることになった。
 この最初の統合リーグ、1991年は名門カイザー・チーフスが優勝し、非白人リーグのころから合わせて8回目のリーグチャンピオンとなった。カイザー・チーフスはヨハネスブルグの下町に事務所を持ち、その黄(金)と黒のタテジマのユニホームは子供たちの憧れというだけではなく、試合の日にはユニホームと同じシャツを着た大人たちがスタジアムにつめかける。
 2ポンド(約450円)の年会費を払うファンクラブのサポーターは、7万5千人を越え、衣料メーカーのカッパ(KAPPA)とのウェア契約、シューズはプーマ、他にもカイザー・チーフスの名で売る菓子などもあって、多くの企業がスポンサーになっている。
 創立20年のカイザー・チーフスは、8回のリーグ優勝にチャンピオン・オブ・チャンピオン13回、スーパー・ボウル6回、JPSメックアウー・カップ4回など、獲得したトロフィーは合計53個。その名の通り南ア・サッカーのカイザー(皇帝)でありチーフス(酋長)だ。
 今季からアフリカのチャンピオンズ・カップ出場が認められるとなれば、いま世界で注目されているカメルーンやガーナ、モロッコなどのトップ・チームにとっての手強い相手が登場してくることになる。


(サッカーダイジェスト1992年5月号「蹴球その国・人・歩」)

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