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第2回 釜本邦茂(2)抜群のヘディングパスと最も美しいキックフォーム

狩人の目での計測

 人類の長い進化のなかで、ホモサピエンスに到る遥か前――樹上生活をしていたか弱い動物であったころに、エサを求めて木から木へ飛び移るために目の位置が顔の両側から中央へ寄って目標の位置を計測できるようになったのが、大きなポイントだったという。
 アフリカのサバンナの映像を見ると、馬や鹿達の目は顔の両側にあるが、ライオンやヒョウの目(我が家の猫もそうだ)は顔の前面にある。
 獲物への距離を目測できる事が狩りの第一歩なのだろう。
 釜本邦茂という“ゴールの狩人”のヘディングを見るとき、彼のボールの落下点を見極めるうまさ、つまり、計測能力の高さに感心したものだ。
 野球の外野手で、たとえばイチローの守備を見ていると、相手のバッターが打ってボールが落ちるまでの間に、イチローは落下点へ正しく(しかも捕球をしてすぐ投げられる体勢で)入っているのを見るのだが、釜本も同じように、もっと短い時間に相手DFよりも先に良い位置に入り、良いタイミングでジャンプをし、自分の頭(主として顔)に当てて、ボールを目標に飛ばしていた。


早大一のヘディング

 落下点へ入るうまさは、すでに1963年の東京国際大会で見た。オリンピックのリハーサルとして行なわれたこの大会で早大1年だった彼は日本選抜BのFWでジャンプ力に優れた南ベトナム選手を相手にロングボールを確実に取った。
 大学の新人戦でヘディングシュートを決めて、点をとるためのヘディングの重要性に気付き上達のためにさまざまな工夫をした。その一つがGKにボールを蹴ってもらい、その落下点へ走る練習だった。もちろん左右からのクロスに合わせることも忘れなかった。
 彼はそうゆう練習に集中し、反復することを厭わなかった。それがゴールにつながると思っていたからだ。その成果がこの頃すでに出始めていたのだった。
 のちに『釜本邦茂、ストライカーの技術と戦術』(講談社・刊)を出版するとき、立案者である同社の教育図書出版部・風呂中斉氏(東京教育大サッカー部OB)の釜本のプレーをアイモ改造カメラ1秒間24コマの連続写真を撮影し、それを掲載することを条件に引き受けた。
 その200本以上のフィルムを選別しながらあらためて気付いたのは、ボールが蹴られた瞬間にそれを見る“構え”から、落下点へ入り、ヘディングし、着地していくまでの一連の動作が、つねに同じであったことだ。


安定体勢からのヘディング・パス

 そして、そのなかでも特に注目したのは、ボールを額に当てた後も、目は必ずボールを追っていたことだ。
 アーセナル戦のゴール(前号の写真参照)はジャンプしてヘディングしていた釜本が、相手の前(ボールのニアサイド)へ飛び込んだ(天下のアーセナルDFの前へ)エポック・メーキングなヘディングゴールでもあった。右からクロスを送った渡辺正(故人)がこの後で「ガマ(釜本)が二アへ入るようになった」と喜んだものだが、こうしたゴールも取れることと同時に、安定した姿勢からのヘディングパスの正確性は絶品と言えた。
 メキシコ・オリンピックの第2戦。ブラジルに0−1とリードされたのを同点にしたのは、杉山からのクロスを釜本が、ヘディングで折り返し、渡辺正が走りこんで足に当てて決めたゴールだった。長身のセンターバックを相手にそれまで苦労した釜本が、ここという時に確実にヘディングを取り、的確に落としたのだった。近い位置のチームメートだけではなく、高い位置のチームメートへの、“飛ばす折り返し”もたびたび成功させた。
 高いボールの見極めと、取れるという確信は、相手DFの心理に影響を与えて、ジャンプのタイミングを惑わせることになり、そこからヘディングと見せてDFをかぶらせ、胸でトラップして足のシュートに持っていく場面も数多く作った。
 計測する目、ボールを注視し、行方を追う目は、彼の左右の足のシュートにも表れる。
「キックのフォームの最も美しいプレーヤー」とは日本代表コーチとして長い間、釜本を指導した岡野俊一郎(JFA名誉会長)の言葉だが、アプローチから立ち足の踏み込み、蹴り足のバックスイングからインパクト、フォロースルーに到る一連の動きを連続写真で見るとき、その美しさと力強さに飽きることはなかった。
 そして、相手がタックルを仕掛けているときでも、体がぶつかり合っているときでも、彼の目はボールに注がれ、蹴った後もボールを追っていた。その後に自分が倒れていてもである。
「ボールを見つめ、目でボールを追うことで、シュートの押さえが利くんですわ」と彼は言う。


(週刊サッカーマガジン 2005年1月11日号)

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