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大戦争前の光彩(7)

普成中、夏の大会に圧勝

 昭和15年8月5日、第22回全国中等学校選手権大会の兵庫予選の準決勝で、私たち神戸一中は、神戸三中に1−3で敗れてしまった。
 このときの神戸三中は4、5年生に好選手が揃っていて、チームは前年度からほとんど同じ顔ぶれだった。芝田、岡村、野口のハーフバックが強力で、GK神品(こうしな)もしっかりしていた。FWは俊足の瀬戸と名越(なごし)で組む左サイドと、得点感覚のいい工藤が目立っていた。
 彼らは兵庫代表となり、8月24日からの全国大会で富山師範(4−2)青山師範(延長で4−2)を次々に倒し、準決勝でも滋賀師範を6−3で退けて決勝へ進んだ。
 相手は朝鮮地区代表の普成中。1回戦で湘南中を8−1、準々決勝で函館師範を12−0、準決勝で明星商を5−2と大差で勝ち上がった。
 8月26日、南甲子園のスタンドでにぎやかに声援を送る朝鮮出身者の前で、普成中は圧倒的な強さを見せて4−0で快勝した。一人ひとりのテクニック、特にキック力と浮き球の処理能力は格段だった。
 フルバックからの浮かせたパスをバックヘッドで二人がつないで、センターフォワードの足元へつなげると、サポーターから大声援が上がった。僕たちが勝てなかった神戸三中を相手に余裕たっぷりのプレーを続けるのを眺めながら、このクラスの朝鮮代表に勝つためには、結局うち(神戸一中)のやり方しかないだろう、そして、それも、もっと個々の力を上げての話だ、と思った。


明治神宮国民体育大会

 9月15日からの秋の明治神宮国民体育大会兵庫予選は、5年生3人、4年生3人、3年生4人、2年生1人の若いチームも少し成長したが、決勝でやはり神戸三中に0−2で敗れた。
 この年の明治神宮大会は「紀元2600年奉祝」と銘打って、規模が拡大し、中等学校の部は28代表、師範の部は18代表となった。
 前年から始まった、参加選手を1カ所に宿泊させる「練成合宿」は、芝の増上寺から、浅草の本願寺に移して行なわれた。中国での戦線拡大と次の大戦争への陸・海軍の軍備のために民間の物資が乏しくなり始めているときに、選手634人、役員を含めて800人の合宿はなかなかのこと。主催者・厚生省の交付金は一割程度で、日本協会は5000円近くの補助をしなければならなかった。
 紀元2600年というのは、日本書紀の記述に基づいて、神武天皇の即位を紀元として計算。現在では、学問的に証明されていないと、採用されていない。
 日本の近代国家への変革の先頭に立った明治天皇(1867年−1912年)とその皇后を祭神とする明治神宮は、大正9年(1920年)に竣工、その外苑にいまでいう「スポーツセンターの建設を」との嘉納治五郎体協会長の提案を受けた神宮協賛会によって、競技場が建設され、大正13年(1924年)10月にできあがった。所管の内務省はこの競技場での総合競技会「明治神宮体育大会」を開催した。日本協会も大正10年に始まった日本選手権を総合体育大会の蹴球の部に移行したが、昭和2年(1927年)から神宮大会が隔年となり、また昭和10年から神宮大会は全国地方対抗の形となった。
 昭和14年から中学校、師範の部が組み込まれたのは昭和13年に誕生した厚生省に主催権が移され明治神宮国民体育大会と規模が大きくなったからだろう。国側、官庁側の都合もあっただろうが、大戦争に向かって緊迫の度を増している時期に、スポーツに積極的に取り組むのだから、日本協会も懸命に協力したものだった。


秋も朝鮮代表が大勝

 その拡大、神宮大会での中学の部で神戸三中は準々決勝で東京府立五中に敗れ、府立五中を準決勝で破った明星商が前年に続いて決勝へ進出した。
 朝鮮地区代表の中東中は、1回戦13−0(水戸商)2回戦9−1(徳島商)準々決勝5−0(明倫中)準決勝6−1(浦和)と、大量点を重ね、決勝でも明星商に4−0で大勝した。
 一般の部では前年に続いて朝鮮代表の成興蹴球団が優勝した。全普成や全延禧といった学校を軸としたチームではなく、朝鮮各地から優秀選手を集めて合同練習をみっちり行なったチームの連続優勝もまた当然のように見えた。


小学生から中学生へ(5)

昭和15年(1940年)
◇6月 フランスがドイツに降伏
◎8月 第13回全国中等学校選手権で朝鮮地区代表・普成中が優勝(神戸一中は兵庫予選で敗退)
◇8月 日独伊三国同盟締結
◇9月 日本軍が北部併印(フランス領インドシナ・現ベトナム)へ進駐
◎11月 第11回明治神宮大会の中学の部で朝鮮地区代表・中東中が優勝
◇11月 紀元2600年式典を皇居前広場で開催

昭和16年(1941年)
◇4月 日ソ、中立条約調印。日米交渉(ハル国務長官と野村大使)。生活必需物資統制令を公布
◇5月 東京・大阪で米の配給通帳制を実施

※◇社会、◎サッカー


(週刊サッカーマガジン2000年8月9日号)

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