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大戦争前の光彩(10)

上級学校にも勝つ

 昭和16年(1941年)4月に、5年生となった私は、まだ16歳と3カ月の若さだったが、マネジャー(主務)の仕事も3年目になって、自信満々だった。
 秀才で寛容なキャプテン黒津亮二は、私が立てたハードな練習計画を承認し、それを先頭に立ってこなしていった。朝鮮地方の代表と戦うためには、年長チームとの対戦も必要というので、神戸高等工業(関西学生リーグ2部)や神戸高等商業(関西学生リーグ1部2位)などと試合をして、どちらにも勝った。
 神戸高商とは、神戸一中のグラウンドで、しかも雨の日だったから、高商側にとっては気乗りがしない試合だったろうが、ともかく上のカテゴリーのチームに勝ったのだから…。
 このときの4年生だった岩谷俊夫が、昭和27年に共同通信社を辞め大阪毎日新聞に入社したとき、社会部のデスクだった大森実氏がやって来て、「中学生のキミに負けたなァ」と昔を懐かしんだという。国際的な大記者、国際政治評論家の大森さんは当時、神戸高商のサッカー選手だった。
 そうした私たちの小さな努力の積み重ねとはまったく別のところで、社会は大きく動いていた。


関特演で全国大会中止

 ヨーロッパでの戦争は、ナチスドイツが勢いに乗って戦線を拡大し、6月22日にはついにソ連への攻撃を開始した。日本政府は日独伊三国同盟と日ソ中立条約のはざまで対応に苦慮したが、軍部はドイツに呼応すべきだと、7月上旬に関東軍特別演習を発効した。
 それは、関特演(かん・とく・えん)の略号の通り“演習”の名を借りた対ソ攻撃準備で(実際には8月に中止と決まる)、満州(現・中国東北部)に85万人の兵力を集結する大規模なもの。この兵員や兵器、物資の輸送のため、交通はマヒ状態となって、夏休みを利用しての全国大会は開ける状態ではなくなった。軍事機密のために理由は知らせずに、7月15日に文部省は学生の2県以上にまたがる対外試合の禁止を発令した。
 私たちは、それを短い新聞記事で知った。救いは、秋には神宮大会が行なわれること、8月に兵庫県下大会(例年、夏の全国大会予選)が開催されることだった。
 そんなときに選手の中から、私にセンターフォワードをやれ、という声が出てきた。5年生のレギュラー4人全部がバックにいるのに、前の5人、つまりFWが4年生以下ばかりだとバランスが悪いというのだ。インナー(攻撃的MF)は岩谷と吉森、右のウイングは鴇田(ときた)、左は竹一(たけいち)と揃っていたから、センターフォワードは4年生の田渕か、3年生の皆木吉泰(前年の皆木主将の弟)で――と考え、現にそれでやってきたのに、いまさら4年生とか5年生とかいう言い方はないだろう――とは言ってみたが、チーム内の人間関係は、自分が経験していないだけに反論は難しい。技術的にどうこうというのではなく、とにかく一人、5年生がここにいてほしいという。


4年生・岩谷俊夫の説得

 マネジャーが選手になった例はあるが、成功ばかりではない。決心のつきかねる私に、岩谷はこう言った。「賀川さんがサッカー部に尽くしてくれているのには、これまでずっと感謝している。マネジャーとしては、確かにすごい実績を作った。しかし、今度はプレーヤーとして出てほしいと、皆が言い出したのは、賀川さんにとって人生の新しいチャンスだと思う。
 一人で練習してきたことも知っている。これだけサッカーに打ち込んできたのだから、ぜひサッカーの試合を味わってほしい」。
 練習の後、校庭から長い坂を下りながらの対話で、私より年少の彼が、チームのためという観点でなく「あなたの人生にとって大きなプラスになるはずだ」というのに驚いた。「センターフォワードの仕事がうまくいくように僕がします」と、岩谷はだめ押しした。
 8月中旬の兵庫県大会(KOシステム)で私たちは、姫路中、神戸三中、尼崎中、甲陽中を破って優勝した。総得点20、失点1、最低で4点差、最高で6点差、私は毎試合の合計6得点、岩谷は自らも5得点して、二人合わせて合計11点。センターフォワードとして役目を果たさせるとの彼の言葉通りになった。


小学生から中学生へ

昭和16年(1941年)
◇4月 日ソ中立条約調印。日米交渉(ハル国務長官と野村大使)
    生活必需物資統制令公布。東京・大阪で米の配給通帳制。
◇5月 ドイツ・ソ連戦が始まる
◇7月 大本営が関東軍特別演習(略称関特演)を発効。満州に85万の兵力を集結
◎8月 「関特演」による国内の輸送制限のために、野球、サッカーなどの全国大会中止(神戸一中は兵庫県大会で優勝)
◇8月 アメリカが対日航空機用ガソリンを輸出禁止
◇10月 第3次近衛内閣総辞職。東条英機内閣成立
◎11月 第12回明治神宮大会で神戸一中が優勝(普成中と引き分ける、両校1位)
◇12月 日本軍、ハワイを空爆。太平洋戦争始まる

※◇社会、◎サッカー


(週刊サッカーマガジン2000年8月30日号)

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