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シューターは“孤独になれ” ボールを持った者が主で、周りは従だ


――先月号で5・3・2を語ったとき、日本はどうしてもパスを多用せないかん、という話が出たので、そのパスなるものを語ってもらおうと思うのですが……。

川本 その前にちょっと言っておきたいことがあるんだがな。それは基本というものを見直してみたいということや。というのはね、球を持ったものがやるべき動作の基本やな。おそらく、これまでにそんな命題で言われたことがないだろうと思う。

――面白そうや。それをいきましょう。

川本 まずキープだよ。それからパス、ドリブル。もう一つはキック、これはシュートを含んでだよ。これだけの動作にそれぞれ基本があるんだな。

――サッカーは対敵動作として始まるわけですからね。

川本 第一のキープでは、体の構えということで、そのポイントは、体の真ん中に球を置くことや。どうもこの点が、あまり重んじられておらんようや。そうして、体はつねに進行方向に正対していること。こうすると、もっとも広い角度の視野を持ちながら球をキープすることになる。これが基本だと思う。これがやれてないね。

――真ん中というのは……。

川本 球は右足で触るときは少し右にある。左足で触るときは少し左にあるが、結局は体の幅の中にあるということや。

――たとえば、相手が左横からせってきた。そのときボールを右斜横においてドリブルする。いわゆる半身の構えでキープすることはどうですか。

川本 いかんな、基本的には。その場合、半身でなく、完全に球と相手の間にこちらの体を入れる。相手を背中に回す形にする。体は進行方向ではなく、完全に右横を向くがやむをえん。これが一番相手が何もできない。カニの横ばいになるわけで中途半端な体の入れかたをするとひっかけられるんや。この間のオーストラリアにしても、外国選手はがっちり体を入れるが日本選手は下手や。それができるのは吉村だけだよ。しかし、そういう格好でいつまでも持たず、なるべく早く正面に向くことが肝心や。

――キープということは、次にドリブルと関連してきますな。

川本 関連するといえば、パスもキックもみんな関連しとるが、まあ次はドリブルといこう。去年ベンフィカとやって、最終戦の後半7分間に日本は4点とられたな。みんなドリブル・シュートや。ところが日本の今のサッカーにはドリブル・シュートという項目が見つからんな。ちょっと極端ないい方だが……。だからドリブル・シュートに対して横山といえどもキーパーは全くどうしていいかわからない。ワクへくれば入っとる。みんなミドルシュートだからね。

◆ ◆ ◆

――近頃ドリブルの差というのを痛切に感じますな。

川本 そこや。ドリブルというプレーがいかに大切か――これを認識してもらわないかん。サッカーの基本は、ボクにいわせるとドリブルですよ。ドリブルをもっと練習しないとダメだと思うな。動き回るのも必要だが、サッカーは球を扱う競技で、スタミナや走ることの競争やないんやから。もっとドリブルをやって球を身につけなあかん。

――近頃はボールにも慣れてドリブルもうまいはずやが、敵がおると、どうもうまいこといかん。

川本 ドリブルは必然的に敵をはずす動作をにつながるので、ここにも一つの問題はある。FWの立場から、球を持った人間が敵を抜こうと思ったら、逆にパスすると相手に思わせないかん。というのは、球を持った人間自体がパスする気にならなあかん。足先でペッペッと格好だけしとるのはあかん。本人がパスする気になって、それを相手に伝えなあかん。そうすると次に抜けるんだよ。これはフェイントだろうが、みせかけのフェイントじゃだめだということや。逆にパスしようとするには、一度本気に抜こうとする。本気にならんと敵には響かんからね。そして敵がこれに対応しようとした瞬間に切り換えるんだ。こいつは大事なことやで。これも基本やと思うな。

――そこまでは、なかなか気がつかないんだろうな。フェイントの真髄というか跳ねたり踊ったりの格好だけではフェイントにならんということになる。

川本 次はパスだ。誰でも知っているだろうが、実際には徹底してないことで非常に重要なことがある。パスを出す者と受ける者の両方の立場からして、基本的に大事なのは、パスを出す方は非常に苦労して球を出すべきで、反対に受ける人間が少しでもフリーに、少しでも余裕を持ってパスを受けられるようにもっていく、ということ、これがパスの鉄則なんだ。

――見ているとどうも逆のようやな。

川本 そうなんだ。今の試合を見ていると、ボールを持っている人間は楽に出そうとしているので、受けた方はもらった途端から苦しむ。敵を引きつけ逆をとるなりして、何としてもボールをもらう者に楽をさせてやればパスは生きてくる。

――そうするためにはボールを持つほうに、それだけのボールを持つ余裕がないと……。

川本 そのとき、先に言ったキープの仕方が関係してくるのだが、持つ自信が必要や。とにかく日本はパスをせんならんのやから、こうしないとパスが次々とつながらんよ。いまのように苦しまぎれにパスを出しとれば、すぐ途切れますよ。

◆ ◆ ◆

――紙面が少ないのでどうも骨だけになって残念だが、最後にキックを。

川本 このキック、その標準型はまあ従来から言われているものでよろしい。それよりももっと微妙なことで、精神的なものに幾分なるが、ことにシュートについて言いたい。本誌の創刊号で岡野君が、三国対抗で点が取れなかったのは“周りの者の動きが少ないから”というような意味のことをしゃべっとるが、これは岡野君にしてはちょっとまずいな。ボールを持っている者よりも、他の人間に主点を置くようなことは間違いだと思う。
 ボクはむかしから、フィニッシュ・ゾーンに入って球を持った者、つまりシューターは“孤独になれ”と言うてきた。何が何でもオレはゴールのワクへ打つんだ、という気構えが先決だと思う。人に助けてもらおうなんて思うたらだめや。なるほど味方が動いてくれたらやりやすいかもしれん。だけども、ボールを持ったご本尊がフィニッシュ・ゾーンに入ったからには、シュートだという気にならないと、今の得点力の問題は解消せんよ。あくまでボールを持った者が主で、周りは従だよ。

――パスの場合と同じで、ボールを持った者がしっかりせないかんということですな。フリーでないと何もできないではいかん。

川本 ところが、岡野君の言葉のような事態がしばしばあるんだ。というのはボールを持っている者は敵が前に立つとほとんどは味方を探しとる。スタンドからでも分かる。もちろん敵にも分かる。すると敵は他の者の動きさえ注意すればよい。これが直らないと得点力は出ないね。ボクの経験からするとね、シューティング・エリアにはいった、ボールをもらった、前に敵がおった、ボクは“しめた”と思ったね。なぜならばブラインド・シュートを狙えるからだよ。ところが今は多くの選手がボールをもらった、向き直った、敵が前におった、“しまった”と思っているような感じやな。

――以上四つが基本ですね。その肉付けはまたの機会に願います。


(『イレブン』1971年6月号)


*KSL関連リンク

・岡野俊一郎
W杯開催国の会長、IOC委員――――日本スポーツ界の顔 岡野俊一郎(上)
W杯開催国の会長、IOC委員――――日本スポーツ界の顔 岡野俊一郎(中)
W杯開催国の会長、IOC委員――――日本スポーツ界の顔 岡野俊一郎(下)
W杯開催国の会長、IOC委員――――日本スポーツ界の顔 岡野俊一郎(続)

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