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サッカー選手に欲しい素質 “外から見える素質”と“見えざる素質”


語る人 川本泰三
聞き手 大谷四郎 賀川浩


川本 東京オリンピックのときだったかな、お茶の水の岸体育館でたまたまクラマー氏に会ったのだよ。お茶でも飲もうかということで、話をしていたときだ、「おかげで大分うまくなったが、シュートは相変わらずうまくならんね」と言うと、クラマーも「実はオレも弱っとる、色々やってみたがうまくならんのだ」と言うわけだ。それでボクが「シュートは素質が70パーセントだからな」と言ったら、彼が言うには「いや、90何パーセントだ」と。

――なーるほど。その素質ということですがね、サッカーではそうした先天的能力によるプレーがいくつか存在する。そこでサッカー選手にほしい素質とは何か、今度はそれを聞くことにしよう。

川本 素質といえば、まず第一に体力とか体格とか、他のスポーツにも共通するものがある――例えば走力、ジャンプ力のようなもの、身長も入るだろう。

――敏捷性なども入るでしょうね。

川本 第二には、サッカーのボール・テクニックに直接関係してくるものがあるな。

――器用さとか巧緻性といわれるもの、あるいはボール・フィーリングとでもいうもの、姿勢の良さ、ボディ・バランスなども関係してくるでしょう。

川本 この第一と第二は“外から見える素質”ともいえるだろう。釜本などそうした素質では恐らく日本サッカー史上最高のものだろうな。杉山もかなり優秀だろう。

――体格よし、走力あり、筋力あり、しかもあの大きさでボール・フィーリングも悪くないですからね。

川本 ところが、もう1つの問題にしないといかん素質がある。1と2に対して、いうなれば“見えざる素質”やな。いろいろあるが、その1つに、まず練習が好きなこと。“練習好き”やな。「私は飯より好きです」なんて言うても、実際にはそうでもないのがおるんだ。

――川本さんは、弁当持って下宿から東伏見のグラウンドへ直行したという話ですな。

川本 ボクの場合は、サッカーに酔いしれとったね。

――ただの“好き”程度じゃダメだな。

川本 それから、例え球扱いがうまくてもだよ、見逃してならんのは、2つのプレーの組合せというか、つなぎ方がタイミングよく、スムーズにできるかどうか、これは大切な素質だと思うな。ドリブルからのシュート、ドリブルとパス、ストップから次のプレーへの移りなどだよ。

――何がその2つをつなぐか。

川本 それは素質だろうな。練磨だけでは超えられんものがあるのやないかな。ボクの場合は、走力がなかったから、そういうつなぎ方に非常に神経を使った。例えば脚が速い、キックもよい、ドリブルもうまい、という選手は昔からかなりいたよ。だが、その多くが潰れている。なぜか。1つ1つのプレーは別々にはすべてできるが、2つをつなげなかっただけだよ。だから、脚が速い選手だから何とかものにしようとしても、2つのプレーのつなぎ方について“何か”を持っていないと結局生きないんじゃないかな。

――その“何か”はその選手が生来持っているもので、その場に臨んで自然に出てくる力ともいえる。しかし常に心掛けることは必要やな。

川本 近ごろ特に感じるのはケガに弱いことや。サッカーでは、ケガに強いのも1つの大事な素質じゃないかな。ベルリン(オリンピック)のとき、堀江(FB、現早大教授)が腕を骨折しよった。ところが試合が終わるまで気がついとらんのだ。ただ手がぶらぶらしたので押えて走っていたというのだ。

 昭和9年のマニラ(極東大会)のときには、早稲田のノス(野沢)が肋骨を蹴られてヒビがはいってなあ、人事不省というか意識がなくなったらしいが、それでも走っとるから周囲のオレたちにはそんなにやられたとはわからんがな。ところがタイム・アップと同時にパッタリや。フィリピンに4−3で勝ったときで、4点目をそのノスが決めとるのに本人は知らないんだ。気の強い男やったがね。

◆ ◆ ◆

――当時の早稲田にはガメツイのがたくさんいたようですな。

川本 これは、プロ野球のテレビだが、誰やったか面白いことを言うてたよ。超一流はケガしても、それを言わないらしいな。下っ端になるほどすぐケガをするし、ケガをしたらすぐ痛いと言いよるらしい。

――ワールドカップのドイツ対イタリアだったかな。ベッケンバウアーが前半ひっかけられて倒れ、右肩を脱臼してね、それでも延長の最後まで頑張り通しよった。

川本 メルボルン(オリンピック)の決勝でソ連のレフトウィングも腕を折った。しかし、彼のパスから決勝点が生まれているんだ。いまは確かに激しいサッカーにはなったが、昔のように乱暴はしないのだからな。

――その面から見ると、もっとケガに強くなっていいのだが、交代制以来逆にケガに弱くなった感じもする。

川本 時代も変わったから、いまや飛行機に強いのもサッカーに必要な素質といえるのじゃないかな。外国遠征が始まった当初は飛行機に弱い選手がいたよ。2、3日ふらふらしてるんだ。今のベテランになると何10回と遠征しているからだいぶ慣れているがね。

――そういえば、外国の料理に強いことも必要ですよ。

川本 こういうのも1つの素質だろうね。例えば、ノコさん(日本協会理事長竹腰重丸氏)だよ。ノコさんは徹底的にくたばるまでやった。これも普通ちょっとできないよ。全力尽くしたといっても100パーセントやったというのは実際には少ない。ノコさんの全盛時代とは時代が違うので一緒にやったことはないが、とにかくゲームが終わるとのびてしまって、本当に何も残っていなかったということだった。本当にありったけの力をしぼり出すということでは類をみなかったらしいな。

――インターハイなどは、まるで一人でやっていたという話ですな。

川本 そして最後に重要なのが“勝負のカン”だろう。それにつては、右近徳太郎(慶大、ベルリン代表、戦死)を話さないわけにいかないね。この右近という男は、そうした点で、我がサッカー史上第一にあげねばならない選手だろうね。ヘディングは抜群だったが、キックなどは案外不細工でね。それが肝心な、あれかこれかという場面で、ボールの出るところを無類のカンで見抜くんだな。先が見えるのだ。

――ウィング、インナー、ハーフ、フルバック。キーパーを除いては何でもやったように覚えているが。

川本 とにかく、彼と一緒にやっていると楽だ楽だ。ボクなんか好き勝手なことをやるだろう。彼はちゃんと合わせてくれるんだ。彼は慶応だから、年に一度ぐらいしか一緒にやることはないんだが、何の不自由も感じないですぐ一緒にやれるんだ。

――そうしたいろいろの素質をひっくるめて、その“見えざる素質”を見つけ出すのは、指導者の大きな仕事ですね。


(『イレブン』1971年10月号)


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