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「5・3・2」も結構やけれど 各選手の分業化を考える時期

語る人 川本泰三
聞き手 大谷四郎 賀川浩


――好き勝手なことを言ってくれ、との編集部からの注文ですから、ズバリ何でも結構ですが、先日朝日国際で日本Aが5・3・2を初めて試みましたね。タイムリーだからそれを取り上げましょう。ミュンヘン予選近しで、コーチング・スタッフの苦労があのへんにうかがえるのですが……。

川本 東京での対オーストラリア戦をまず観たのだが、どうもさっぱり分からんのだ。それで翌日新聞を見たら5・3・2をテストしたと書いてあるので、ようやく意味が分かった。あれは非常に面白い考えだと思う。これは褒めないかん。

――岡野監督らしい着想というか。

川本 ところがね、実は問題があるわけだ。5・3・2というシステムは守備をまずしっかりするのだ、そして中盤を厚くして攻撃に変化を持たせるんだということ。目的はおそらくそうだよ。そうすると条件は今の日本の選手のスタミナとスピードを相当大幅にアップさせないとこれは成功しないという気がするんだね。

――なるほど。それは大問題だ。

川本 日本Aにしても、久しぶりに集まったので、うまくいかなかったのかもしれんが、まあそうもいうとられないから、厳正に批判すると、結果は守備の密度が濃くなっただけ攻撃の密度が薄くなったという差引き計算、ただそれだけに終わったということや。この一語につきるんやないかな。

――狙いの成果は出なかったというわけですな。あのスピア・ヘッドに釜本と吉村を並べたが、吉村に疑問はないですか。

川本 いや、むしろ釜本が問題だと思う。彼はあくまでストライカーでしょう。しかも彼はある程度の動きに乗ってフィニッシュ・ゾーンには入ったときに非常な破壊力を持つ選手だよ。だけど前線にポツンとおっただけではストライカーになり得ない選手なのだ。去年の日本リーグ後期で彼は必要以上に下がっただろう。
 下がることははっきり言うと意味ないのやが、だけど下がったおかげで彼が前線へ出るコースが相手につかめなかった。それが結果的によかった。無駄はしとるが、いまの釜本がストライカーとして生きるにはあれしか手はないわけや。

――ところで中盤の狙いは果たせましたか。

川本 中盤は森と下がってきた杉山、木村の三人。杉山と木村は中盤を走り抜ける役なんだな。走り抜けてどうするか、そこに次の手段が見つからんわけや。走り抜けて、さて釜本と吉村との関係で何が出てくるか、どうもそのへんにお膳立てが、うまくできていないような気がする。漠然と中盤を厚くし、その地帯を杉山と木村がヒョイと抜けるということだけに終わっとるな。

――大体に今の考え方はフィニッシュを前提にして考えないで、ミッドフィールドで誰かが出てくるか、何かをやるかということしか考えとらんふうにみえる。

川本 それから色々な変化が生れる。そこは何も決める必要はないということかもしれんけれども……。それでは現在の顔ぶれでどうフィニッシュするかがはじき出されてこないのじゃないかな。全盛時代の八重樫がいたら、あるいはこのシステムももう少し格好がついたかもしれんがね。

――あのシステムをこう解釈したら? トップの二人に相手の注意を集中させておいて、その間にサイドへスィーッと杉山、木村が出てゆくのを狙ったと考えてはどうですか。つまりそのときコーナーを突くわけになる。

川本 それには、杉山があのように相当自陣深くから発進しても、それが中ほどまで走ってきて一度横にはたいておく。そこで誰かが細工する。その間に杉山はもういっぺん走ってもらう、というのやったら話は分かるんや。

――その考えだったと思うが、実際には初めから杉山が走る一発に終わっとる。たしかに空いたコーナーを狙っとるが、敵もそちらへ走っとるので効き目はない。

川本 大体FBの位置のようなところから敵のゴールライン近くまで一気に走るようなことは、そう何度も狙えることやないよ。

――結局、中盤で一つ変化をつけることがなかったのがいかんわけですな。

川本 言い換えると、中盤にゲームメーカーの要件を備えた選手がおらんと難しいということで、それが釜本をはじめから前のほうでニョキッと立たしておくのはあかんことに関連してくるのや。

――5・3・2は結局、今は難しいですか。

川本 5・3・2もまあ結構やけれども、まともにやろうとすれば、前にも言ったように相当のスタミナとスピードをアップしないと、やれないんだよ。だが、そのような、今すぐには不可能なことを前提とするようなものだからやめたほうがよい。
そのかわりに、どこかでだれかが、持ちこたえる―― 一人でなくて二人でやってもいいよ――といった場面を作り出して、その間に誰かは休み、次に発進するのだ、というような考え方に切り替えてゆかないと、何がなんでも「動きまくれ、つなぎまくれ」では、もう成功しないな。あまりにも動け動けの一点張りじゃ先がみえとるよ。
 例えばね、吉村に中盤でいやらしくボールを持たせるとか、ひっかかったら誰か拾ってやるとかいったふうにある程度時間をかせがす。つぎに釜本なり杉山なりをビューンと走らせる。まあ、そんな細工を仕組まないとな。一律にチャッチャカ、チャッチャカ動いて最後まで行け、ちゅうのでは……。一応、動き回れというのも構わんが、日本チームの場合、チームの組立て方によって緩急をつけるのが大切なのだよ。緩の次に急といかんと、日本人のスピードでまともに競走しても通用せんよ。いうなれば、相手を止まらしておいて、こっちだけ走るという格好にせんと勝てんからな。そのために中盤で細工する。これが一つや。

――いかに動くかは、いかに休むということかな。

川本 まあ、そんなこっちゃが、もう一つ考えないかんことがある。このごろは、全員守備全員攻撃とやらで、誰もが何でもやれなあかんという雰囲気やけれど、秋には予選というこの際チームのなかで分業化を考えないかん時期にきとるんやないかな。釜本はストライカーである、それだけでええんやないか。吉村はあるところである時期にいやらしくボールを持てばよし。そんなものを積み上げていって、ええ守備に持っていったり、得点に持っていったりね。そういうことをチームプレーとして取り上げるときに来てるのじゃないか。

 万遍なく誰でも守って、誰でも攻めてといえば、いかにも変化に富んでいるように思えるが、そんなうまいことにゆくものではないよ。やっぱり最後の攻めの型とか、あるいは守るには食い止める地域の構成とか、そういうことは作っておく必要があると思うな。

――全体の中でお前はどんな役割やということだけでも、はっきりさせろということですな。

川本 今日の結論としていえば、5・3・2も結構です。だけどやたらスタミナとスピードを強調するだけでなしに、運びの中に節をつくる。どこかで誰かを温存しておいて、必要なときにその人間を爆発させる。たとえばそれが釜本なんかの使い方やな。
 こういうプレーのなかには、日本はどうしてもパスを多用せないかんから、パスのやり方が大事になるのやが、これは次の機会に譲ろう。


(『イレブン』1971年5月号)


<試合記録>

三国対抗 日本代表 0−0 セントジョージ・ブダペスト(オーストラリア)
1971年3月3日 東京・国立競技場
主審:安田一男
試合開始:14時03分

横山謙三          ブライアン・テーラー
山口芳忠          ジョージ・ハリス
菊川凱夫          マンフレート・シェーファー
小城得達          ドラガン・ウチェセノブッチ
荒井公三          ハリー・ウィリアムス
大野毅           ドン・サンデル
木村武夫→小畑穣    アラン・アインスリー
森孝慈           アッティラ・アボニー
杉山隆一          ジョン・ワレン
釜本邦茂          アドリアン・アルスワン
ネルソン吉村大志郎   マイク・デントン

監督:岡野俊一郎      監督:レス・ボルダッチ

(後藤健生 『日本サッカー史 資料編』 双葉社 2007 p.102より)


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